シベリウス:クッレルヴォの歌詞と音楽
シベリウスの生誕150年を記念して「クレルヴォ」を演奏した機会に、曲の構成と歌詞について調べたことをまとめたものです。
曲の概要
- 曲名
- クレルヴォ ソプラノ、バリトン独唱、男声合唱及び管弦楽のための 作品7
- Kullervo runo sopraanolle, baritonille, mieskuorolle ja orkesterille, Op. 7
- 作曲時期
- 1891/92
- 初演
- 1892-04-28@ヘルシンキ:作曲者指揮
- 楽章構成
- 編成
- Fl:2; Pic:(1); Ob:2; Ehr:1; Cl:2; Bcl:(1); Fg:2; Hr:4; Tp:3(+1*); Trb:3; Tub:1; Timp; Perc(Trgl, Cym); Str; Sop; Bar; TB
- *Tpは3rdの段に音が2つ書かれている箇所が少しだけあり、スコアの編成表も3(4)。ただし2ndと同じ音なので、4thなしでも演奏は可能。
- ノート
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ヘルシンキ音楽院を終えてベルリン、ウィーンに留学していたシベリウスは、叙事詩『カレワラ』の持つ音楽的な可能性に惹かれるようになり、その登場人物クレルヴォ(クッレルヴォ)による交響曲に、1891年のウィーンで着手します[1]。 作曲はヘルシンキに戻ってからも続けられ、初演の直前に完成。開催前からすでに評判となっていた演奏会は満員の成功を収め、著名評論家からも高く評価されました。シベリウスの出世作となったわけですが、生前は出版されないままで、作曲者の死後1958年になってようやく全曲再演、1966年に楽譜が出版されました[2]。
各セクションの詳細
クレルヴォを構成する5つの楽章についての楽曲分析と、語の対応を重視した歌詞対訳および訳注(第3、5楽章)です。
第1楽章:序章
カレワラでのクレルヴォは、父カレルヴォの兄ウンタモに一族を滅ぼされ、一人残った母から生まれてその復讐を誓う、超人的な怪力だけれども不器用な悲運の男です。この「序章」はカレワラの特定の話とは関連付けられてはいませんが、悲しいアンチ・ヒーローを描く舞台もしくは全体像を整え、さまざまな切り口の素材を繰り出す、以降の楽章のための「Johdanto=導入」[3]ということでしょう。
低弦のシンコペーションと波打つ分散和音に導かれて、大きな起伏を持つホ短調の第1主題[4]をクラリネット(Cl)とそれに寄り添うホルン(Hr)が歌い、弦楽器に受け継がれていきます。スコッチ・スナップ[5]のリズム(x)と、短二度+長三度下降して二度上昇する音形を含む動機(y)[6]は(反行形や反転形と形を変えつつ)全曲のさまざまなところで姿を見せることになります。
経過句には頭に3連符を置いたフレーズが登場します。これは再現部や終楽章で重要な役割が与えられます。
ppに静まって、ゆっくりした半音下降(1拍ずらしたスコッチ・スナップ応用リズム[7])で始まるなだらかな旋律をHrが歌心を持って甘く奏でると、第2主題部となります。第4音が半音上がった旋法的[8]な上昇音階が特徴的です。ffの一撃の後にジグザグに上昇して急いで下降するフレーズ(下声を3連符のヘミオラと見たときの強拍はやはり旋法的です)は、さまざまな展開の可能性をもつダイナミックな動き。第2主題をひとつ取り上げるなら[9]、このフレーズとHrの旋律を圧縮した後続フレーズの組み合わせということになるでしょう。
展開部に移る前に第2の経過句が置かれ、第1経過句と逆向きの3連符で始まる忙しい動き。この全体が後に姿を変えて現れるとともに、五度の素早い下降上昇(x+)も重要な素材となります。
さらにyの跳躍下降後の反対方向への動きを半音にしたモチーフ(v)やその手前に逆方向の跳躍をおいて元に戻る形(v+)のように、次々に素材が登場してきます。
展開部はClによる第1主題の回想で始まり、ここまでの素材がさまざまに扱われます。スケッチには「悪魔への展開」(Durchführung zum Teufel)と走り書きされていたということですが、最初はむしろpが中心の(オーボエ(Ob)の6連符のような人間離れした音はあるものの)穏やかな音楽。展開が進むとほの暗い影も後退し、希望を感じさせるハ長調を経て、再現部の直前にはウィーンの森で故郷を想いながら得た「交響曲の明確なアイデア」の瑞々しい姿[10]がホ長調となって現れます。
再現部の第1主題は提示部と同じホ短調。第2主題はHrの導入の後、拍子が6/4に変わって逆に前半部の上声(譜例3)が大きく引き伸ばされ、歌心を持って奏でられます。さらに第2経過句(譜例5)の拡大版も続いて、とても息の長い旋律となっています。
2/2に戻って複数声部に振り分けられた第2主題らしき回想を経て、再び第1主題を力強く奏で、最後は長い全休止をはさみながら疑問符を残してppで締めくくられます。
第2楽章:クレルヴォの若き日々
クレルヴォはウンタモに何度も殺されそうになりながら超人的に生き延び、その奴隷として仕事をいろいろ与えられるものの、何をやっても怪力を示すのみでうまく行きません。売り飛ばされて鍛冶イルマリネンのところで牧者の仕事をすることになりますが、その妻がパンに石を入れたために形見のナイフが折れたことに怒り、獣に女主人を殺させてしまいます。Kullervon nuoruusとは、青春というよりもそんな苦しみと屈折の連続だったのです。シベリウスは構想を語ったアイノへの手紙で、この楽章部分について「子守唄、それも常に何か悲しさを秘めている」[11]と述べています。
各拍にアクセントを持つ低弦のドローンに乗って、2分音符+6連符の最後が休符という独特のリズムの和音が刻まれ、旋法的に半音高められた音から下降する幻想的な主題が続きます。これが反復された後にffで奏される三度+半音下降の動機は第1楽章第2主題前半の語尾(譜例3)に関連すると考えられるでしょう。
リズミックなピチカートの伴奏となって姿を見せる鄙びた旋律は、逆方向への跳躍の後元に戻る形でv+に似ていますが、長三度+二度の動きは色彩が異なるのでy+と呼んでおきましょう。このモチーフには、伸ばした音から急速に2オクターブ下降するパッセージが合いの手を入れます。転調してまた低弦がアクセント付きのドローンを奏でると、今度は軽やかな田舎の踊りのような旋律の中間部に(タラスティはB♭のミクソリディアと見ています)。
これらの要素がだんだん起伏を大きくして交互に現れ、6連符のリズムでクライマックスを築きますが、最後はまた弦楽器のみになり、pppのロ短調和音を反復して消えて行きます。
第3楽章:クレルヴォとその妹
クレルヴォ一族は滅ぼされたはずなのに、実は父母と弟妹は生きており、上の妹が苺を摘みに行ったまま行方不明になったことを知らされます。父のもとで幾つか仕事を試すもののやはりうまく行かず、それでは税金を収めに行きなさいということになりました。
弦とHrのヘ長調和音にトライアングル(Trgl)を加えた明るい響きの上で、5/4拍子[12]の疾走するテーマを第1バイオリン(Vn)が奏でます。装飾音と五度の上下(x+)を特徴とする動機にギャロップのような長短短リズム[13]の下降音形が加わり、この楽章の重要な素材が冒頭で提示されます。ヘ長調で、第4音が半音上がるリディア旋法風です。
音楽は橇の中から見る景色が変わるように次々と転調し、ホ長調を経て調号なしの調に向かいます。
納税と第1の乙女
Kullervo Kalervon poika, | クレルヴォ、カレルヴォの息子は、 |
Sinisukka äijön lapsi, | 青い靴下、老人の子、 |
Hivus keltainen korea, | 髪は黄色ですばらしく、 |
Kengän kauto kaunokainen | 靴の上皮はうつくしい |
Läksi viemähän vetoja, | 出かけた、納めに税を、 |
Maajyviä maksamahan. | 穀物税を支払いに。 |
Vietyä vetoperänsä, | 払ってから、彼の租税を、 |
Maajyväset maksettua | 穀物税を支払ってから |
Rekehensä reutoaikse, | 彼のそりにとびこんで、 |
Kohennaikse korjahansa; | 納まった、彼の籠そりの中へ; |
Alkoi kulkea kotihin, | 向かい始めた、家の方へ、 |
Matkata omille maille. | 旅をした、自分の土地へと。 |
Ajoa järyttelevi | 走って、がたがた音を立てる |
Matkoansa mittelevi | その道のりをはかる |
Noilla Väinön kankahilla, | あのワイニョの荒れ野を、 |
Ammoin raatuilla ahoilla. | そのむかし開墾した野原を。 |
Neiti vastahan tulevi, | 乙女がこちらにやって来る、 |
Hivus kulta hiihtelevi | 髪は金色、スキーで滑ってる |
Noilla Väinön kankahilla, | あのワイニョの荒れ野を、 |
Ammoin raatuilla ahoilla. | そのむかし開墾した野原を。 |
Kullervo Kalervon poika | クレルヴォ、カレルヴォの息子は |
Jo tuossa piättelevi, | すぐにそこで手綱をしぼる、 |
Alkoi neittä haastatella, | 始めた、娘に話しかけを、 |
Haastatella, houkutella: | 話しかけ、誘いかけを: |
Nouse neito korjahani, | 乗りなよ娘さん、おれの籠そりに、 |
Taaksi maata taljoilleni! | 後ろで寝ないかね、おれの毛皮に! |
Surma sulle korjahasi, | 死があんたの籠そりに、 |
Tauti taaksi taljoillesi! | 病が後ろの毛皮に! |
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Kullervo : クレルヴォ(クッレルヴォ)Kalervon : カレルヴォのpoika : poika(息子、少年)
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sinisukka : sininen(青い)sukka(靴下)。カレワラ第46章で、倒した熊に向かってワイナミョイネンが、名士よ、森の名誉よ、などと並んで青い靴下(sinisukka)と呼びかけている。さらにsukassa sinertävässä(青ずんだ靴下)という表現も熊に対して、また第47章でウッコ神についても使われている。äijön : äijä(老人、変わり者)属格lapsi : lapsi(子供、息子)フィンランドの画家Risto Suomiが描いたSinisukka, Äijön lapsiという作品の説明では、「青い靴下」は愛すべき名、「老人の子」は悪魔の子あるいは孤児という意味があるとされている(個人的解釈か共通認識かはちょっと不明)。青い靴下は、熊やウッコ神の例も考えると、親しみ+畏敬というところかもしれない。また第42章に出てくるイク・トゥルソはÄijön poikaと呼ばれる。
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hivus : hius(髪)keltainen : keltainen(黄色の)。hivus keltainenは金髪でも良いかもしれないが、ここは靴下の青と補色関係にある黄色を採る。青い靴下とか真っ赤な苺とか、カレワラには原色のイメージがけっこうある。また青×黄の組み合わせはカレワラに限らず現代においても広い範囲でみられるものでもある。現代フィンランド語訳だとvaalea(ブロンドの、薄い)korea : korea(美しい、楽しい、見事な、明るい)
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kengän : kengä(靴)属格(靴の)。複数でkengätkauto : (靴の)上皮。フィンランド語の辞書ではどうやっても見つからなかったが、ウラル・アルタイ語を解説した文献で「kauto, auch kauta, kautu, oberleder am schuh(靴の上部)」と、小泉訳と一致する定義があった。フィンランド語はウラル語族なので、そういう流れかもしれない。kaunokainen : kaunokainen(美、逸品) < kaunis(美しい)現代フィンランド語訳ではkomea(素晴らしい) koristekenkäinen(飾りのある靴)
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läksi : lähteä(行く、歩く、去る)3単数過去viemähän : viedä(運ぶ、取る)不定詞?納めにvetoja : veto(掛け金、調達)複数分格。vero(税)
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maajyviä : maa-(土地の)jyvä(穀物)maksamahan : maksaa(支払う)複数分格
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vietyä : viedä(運ぶ、取る)時相構文(払ってから)vetoperänsä : veto(掛け金、調達)+perä(後ろ、底、土地)+nsa(彼の)
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maajyväset : maa-(土地の)jyvä(穀物)maksettua : maksaa(支払う)受動過去分詞分格(支払ってから)
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rekehensä : reki(橇)hän(彼)-nsä(彼の)reutoaikse : reuhtoa(引っ張る、ひったくる)3単数現在再帰。自分を引っ張る=飛び込む。語尾がkseとなるのはカレリア方言の表現。
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kohennaikse : kohentaa(突っ込む、たたく、直す)3単数現在再帰。自分を突っ込む=納まるkorjahansa : kori(かご、台車)+nsa(彼の:入格)。籠橇。カレワラ第3章でヨウカハイネンがワイナミョイネンと競いに出かけるときに乗るのもこれで、岩波文庫の注では「橇の上部が編み籠か松の板でできていて背部が高く、装飾を施したものもある」という。
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alkoi : alkaa(始める)3単数過去kulkea : kulkea(行く、向かう)分詞kotihin : koti(家)入格(kotiin)
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matkata : matkata(旅する)分詞omille : oma(自分の)maille : maa(土地、国、世界)-lle(~へ)
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ajoa : ajo(運転する、走る)分詞järyttelevi : järähdellä(揺らす)3単数現在*(järähtelee)※小泉対訳の付録文法事項によれば、3人称単数現在の語尾がviになるのはカレリア方言特有の表現だそうだ。が、英訳も邦訳も過去形に訳していて、意味的にも過去が自然なので、いわゆる「歴史的現在」か。以下「現在*」としているものは同様。
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matkoansa : matka(旅)mittelevi : mitellä(測る)3単数現在*
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noilla : nuo(それら)所格Väinön : ワイニョ(Väinä→広く、深く、静かに流れる川)。カレワラの主役格の一人である老ワイナミョイネンのこと。あるいはその住んでいたところ。kankahilla : kangas(荒れ地、織布)+lla(~で、~に:複数所格kankailla);kanki(木)から?ワイナミョイネンの住処=ワイニョラ天地創造の後にワイナミョイネンが荒れ地を開墾して種を蒔いた(カレワラ第2章)。
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ammoin : ammoin(ずっと以前に) < ammoinen(大昔)raatuilla : raataa(苦労して働く、耕す)複数分格?所格?ahoilla : aho(森の空き地、森の住人)複数所格
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neiti : neiti(娘、乙女)vastahan : vastaan(戻って、逆方向に)tulevi : tulla(来る、降りてくる、なる)3単数現在*
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kulta : kulta(金)。ブロンド(vaalea)じゃなくまさに金銀の金。カレワラには金、銀も繰り返し登場する。Kullervoという名前もkultaに関連するということだそうだ。hiihtelevi : hiihdellä(スキーで滑る)3単数現在*
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jo : jo(すでに、今)tuossa : tuo(あの)-ssa(~で:内格)=そこでpiättelevi : pidellä(つかまえる、操縦する)?3単数現在*(pitelee)
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neittä : neiti(娘、乙女)haastatella : haastatella(会談、訪問)
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houkutella : houkutella(誘う、惹きつける)
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nouse : nousta(登る、乗る)命令形neito : neiti(娘、乙女)korjahani : kori(かご、台車)+ni(私の)
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taaksi : taakse(後ろ、あと)maata : maata(座る、横になる)taljoilleni : talja(隠れ場、毛皮)複向次に娘が答える前の2行 Neiti suksilta sanovi,/ hiihtimiltä hiioavi(娘はスキーの上から言った、/滑りながら出し抜いた)は省略されている。以下、こうした語りの前の導入句はみな略して、独唱が直接対話する。
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surma : surma(悲劇、死)sulle : sä(あなた)向格korjahasi : kori(かご、台車)+si(あなたの)
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tauti : tauti(病)taljoillesi : talja(隠れ場、毛皮)-lle(~に)-si(あなたの)
男声合唱がユニゾンでクレルヴォの旅を歌い始めます。伴奏の弦とファゴット(Fg)は五度上下の動機で躍動的ですが、歌はシンコペーションなどで強拍がずらされ、5/4拍子がさらに変則的に聞こえます。旋律は第1楽章第2主題の下声(譜例3)をたどった音と同じ。調号はありませんが、ハ調というよりはニ短調(Dのドリア旋法)的です。
クレルヴォが乙女に出会うとソプラノ(Sop)独唱がそれに答えます。断られるとすぐにテンポが戻り、また旅が続きます。
がレチタティーヴォ風に呼びかけを歌い、第2の乙女
Kullervo, Kalervon poika, | クレルヴォ、カレルヴォの息子は、 |
Sinisukka äijön lapsi | 青い靴下、老人の子 |
Iski virkkua vitsalla, | 打った、逸る馬を鞭で、 |
Helähytti helmivyöllä, | 鳴らした、玉飾りの帯を、 |
Virkku juoksi, matka joutui, | 逸馬は走った、旅ははかどった、 |
Tie vieri, reki rasasi; | 道は進んだ、そりは軋んだ; |
Neiti vastahan tulevi, | 乙女がこちらにやって来る、 |
Kautokenkä kaaloavi | 上飾りの革靴、水を歩いてる |
Selvällä meren selällä, | 澄んだ海の面を、 |
Ulapalla aukealla. | 開けた海原を。 |
Kullervo Kalervon poika | クレルヴォ、カレルヴォの息子は |
Jo tuossa piättelevi, | すぐにそこで手綱をしぼる、 |
Suutansa sovittelevi, | その口調を鎮める、 |
Sanojansa säätelevi: | その言葉を整える: |
Tule korjahan korea, | おいで私の籠そりに、美しい方、 |
Maan valio matkoihini! | 国随一の方、私と旅に! |
Tuoni sulle korjahasi, | トゥオニがあんたの籠そりに、 |
Manalainen matkoihisi! | マナの人があんたと旅に! |
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iski : iskeä(打つ)3単数過去virkkua : virkku(威勢のよい、機敏な)分格vitsalla : vitsa(鞭、小枝)
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helähytti : helähdellä(鳴る)3単数過去helmivyöllä : helmi(真珠)vyö(帯、ベルト)。カレワラ第3章、26章に出てくるhelmiruoskasella(玉飾りの鞭)とほぼ同じで、紐に結び目や小石をつけた鞭の美称だという。第3章、26章ではこの行はheitti helmiruoskasellaとなっているが、前行は同一で、ほぼ同じ表現。
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virkku : virkku(威勢のよい)juoksi : juosta(走る)3単数過去matka : matka(旅)cf.matkata(旅する)joutui : joutua(得る、急ぐ、はかどる)3単数過去
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tie : tie(道)vieri : vieriä(進む、過ぎ去る)3単数過去reki : reki(橇)rasasi : ratista( ザクザク音をたてる、ザクザク砕きながら踏み進む、車輪がきしむ)3単数過去(ratisi)?現代フィンランド語訳版でratisiなのでたぶんこれ。
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この前にある4行 Ajoa järyttelevi,/matkoansa mittelevi/selvällä meren selällä,/ulapalla aukealla.(がたがた音を立てて走る、/その道のりをはかる/澄んだ海の面を、/開けた海原を。)は省略されている。前半は第1の乙女とほぼ同じ、後半は2行先に出てくるものと同じ。
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kautokenkä : kauto(靴の上部)+kenkä(靴)kaaloavi : kahlata(水中を歩く)
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selvällä : selvä(澄んだ)meren : meri(海)属格selällä : selkä(背、外海、峰)所格
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ulapalla : ulappa(外海)aukealla : aukea(開けた)この2行と同じ表現は、第1章での天地創造の場面、第30章でレンミンカイネンの船が凍らされる場面でも出てくる。また第42章ではselvälle meren selälle, ulapalle aukealle,という表現がある。
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カレワラではhevoista piättelevi(馬の手綱を引き絞り)だが、第1の乙女の時と揃えた?
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suutansa : suu(口)分格suuta+nsa(彼の)sovittelevi : sovitella(とりなす、なだめる、鎮める)3単数現在*
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sanojansa : sana(言葉)複数分格sanoja+nsa(彼の)säätelevi : säädellä(整える、規制する)3単数現在*
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tule : tulla(来る)命令korjahan : kori(かご、台車)
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maan : maa(国、土地)属格valio : valio(抜きん出た者) < valita(選ぶ)。ここは第18章にあるまったく同じ表現の小泉訳を借用。matkoihini : matkata(旅する)-ni(私の)続く娘の答えの前にある2行はやはり省略されている。Neiti vastahan sanovi,/kautokenkä kalkuttavi(娘は答えて言った。/きれいな靴の娘は叫んだ)
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Tuoni : tuoni(死、死者)=トゥオニ=冥府の神。トゥオニがいる場所(Tuoni+場所のla)がトゥオネラ、すなわち冥府。カレワラ第14章でレンミンカイネンがポホヨラの女主人からトゥオネラの川の白鳥を撃つという課題を与えられ、待ち伏せにあって殺されるという話があり、シベリウスが「トゥオネラの白鳥」を作曲している
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Manalainen : mana(死、死者の住処)+-lainen(~人)。マナはマナラ(Manala)と同義。岩波文庫の固有名詞語解によればManalaのlaが場所の接尾辞と勘違いされて除去された語形だという。カレワラではManalaの形はたくさん出てくるが、Manaは第25章最後のワイナミョイネン2回目のトゥオネラ訪問に集中しているmatkoihisi : matkata(旅する)-si(あなたの)この2行は、第27章のTuopin tuojat Tuonelahan, kannun kantajat Manalleとよく似ている。
再開した旅は二度上で歌われ、やはりEのドリア(ホ短調)の香りです。伴奏はよりリズミックになり、長短短リズムが低音に現れてきます。
第3の乙女
Kullervo Kalervon poika, | クレルヴォ、カレルヴォの息子は、 |
Sinisukka äijön lapsi | 青い靴下、老人の子 |
Iski virkkua vitsalla, | 打った、逸る馬を鞭で、 |
Helähytti helmivyöllä. | 鳴らした、玉飾りの帯を。 |
Virkku juoksi, matka joutui, | 逸馬は走った、旅ははかどった、 |
Reki vieri, tie lyheni; | そりは進んだ、道は縮まった; |
Neiti vastahan tulevi, | 乙女がこちらにやって来る、 |
Tinarinta riioavi | 錫の胸飾り、急いでいる |
Noilla Pohjan kankahilla, | あのポホヤの荒れ野を、 |
Lapin laajoilla rajoilla. | ラップの広漠な辺境を。 |
Kullervo Kalervon poika | クレルヴォ、カレルヴォの息子は |
Hevoistansa hillitsevi, | 彼の馬を止まらせる、 |
Suutansa sovittelevi, | その口調を鎮める、 |
Sanojansa säätelevi: | その言葉を整える: |
Käy neito rekoseheni, | いらっしゃい娘さん、私のそりに、 |
Armas alle vilttieni | 愛しい人よ、私の覆いの下に |
Syömähän omeniani, | 食べに、私のりんごを、 |
Puremahan päähkeniä! | かじりに、はしばみの実を! |
Sylen kehjo kelkkahasi, | 唾するよ悪人、あんたの橇に、 |
Retkale rekosehesi; | やくざもの、あんたのそりに; |
Vilu on olla viltin alla, | 寒気があるよ、覆いの下には、 |
Kolkko korjassa eleä. | 気味悪いよ、そりの中にいるのは。 |
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ここからの4行は、カレワラ第10章でワイナミョイネンがイルマリネンのところに向かって橇を進める場面と、最初の単語(第10章ではLaski)以外は全く同一。また第12章でレンミンカイネンがポホヨラに向かう場面も、クレルヴォの旅で用いられる表現と重なるものが多い。
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lyheni : lyhetä(短くなる)3単数過去
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この前にある4行 Ajavi karettelevi,/matkoansa mittelevi/noilla Pohjan kankahilla,/Lapin laajoilla rajoilla.(轟かせて走る、/その道のりをはかる/あのポホヤの荒れ野を、/ラップの広漠な辺境を。)は省略されている。前半は第1、第2の乙女とほぼ同じ、後半は2行先に出てくるものと同一で、第2の乙女の時と同じ省略パターン。
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tinarinta : tina(錫)rinta(胸)。「錫の胸飾り」は他の章でも何度か登場する。riioavi : (急ぐ)?ryysiä(大急ぎで行く)の3単数現在*?(ryysii)
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Pohjan : pohja(底)→北方にある暗く寒く諸悪の根源の地=ポホヤ、ポホヨラ。サンポを巡る争奪戦をはじめ、カレワラの主舞台の1つ。イルマリネンが妻を迎えるなど、女性はポホヨラに縁のある話が多いことも関係あるか
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Lapin : Lappi(ラップ人の)の単数属格。ポホヤは「ラップの子らの領域(なわばり)」などと語られる。laajoilla : laaja(広い)+-lla(~の上で)rajoilla : raja(境界、辺境)Lapin laajalla rajallaは、殺されたはずのクレルヴォの家族が生きのびている場所として、森で出会った青い外套の茂みの婦人(siniviitta viian eukko)に告げられたのと同一の表現。したがって話の流れとしては、クレルヴォは家族とラップの辺境で再会し、そこからやって来て税を納め、またそこに帰る途中ということになる(あるいは、税を納める場所もおなじラップの辺境かも知れない)。どこまで厳密なのかは分からないが。
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hevoistansa : hevonen(馬)分格hevosta+nsa(彼の)hillitsevi : hillitä(制御する、止める、チェックする)3単数現在*
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käy : käydä(訪れる、行く)命令rekoseheni : reki(橇)-ni(私の)
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armas : armas(愛しい人)alle : alle(下へ)vilttieni : viltti(毛布)-ni(私の)
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syömähän : syödä(食べる)第3不定詞入格=食べにomeniani : omena(りんご)
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puremahan : purema(かじる、噛み付く)第3不定詞入格?päähkeniä : pähkinä(木の実)複数分格続く娘の答えの前にある2行が省略されるのは第1、第2の乙女と同じ。
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sylen : sylkeä(唾を吐く)の1単数現在(syljen)kehjo : kehno(貧しい、悪い)kelkkahasi : kelkka(橇)
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retkale : retkale(あいつ=軽蔑の意味を込めて)rekosehesi : reki(橇)-si(あなたの)
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vilu : vilu(寒さ)on : olla(~である)3単数現在olla : olla(~である、となる)viltin : viltti(毛布)alla : alla(下で)
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kolkko : kolkko(気味悪い、薄暗い)korjassa : kori(かご、台車)+ssa(~の中に)eleä : elää(居る、暮らす)
第3の旅は最初の半音下、調号の#3つに加えイ音も臨時記号で#となり、これもC♯のドリア(嬰ハ短調)的です。コントラバスが長短短リズムを刻み、上下跳躍x+は幅が六度に広がり、小節前半の音はスコッチ・スナップxそのものになってより強調されています。
クレルヴォの誘いかけには木管の上昇音階(まさしくC♯のドリア!)などが加わって怪し気に情熱的、答える乙女も伴奏に少ししっとりした艶が備わっています。
誘惑
Kullervo Kalervon poika, | クレルヴォ、カレルヴォの息子は、 |
Sinisukka äijön lapsi | 青い靴下、老人の子 |
Koppoi neion korjahansa, | 引き込んだ、娘をそりに、 |
Reualti rekosehensa, | 抱き入れた、そりの中に、 |
Asetteli taljoillensa, | 押さえ込んだ、毛皮の上に、 |
Alle viltin vieretteli. | 覆いの下に転がした。 |
Päästä pois minua tästä, | 放してよ、出して私をここから、 |
Laske lasta vallallensa, | させてよ子どもを、打ち克つように、 |
Kunnotointa kuulemasta | 不善者を聞くなんてことに |
Paholaista palvomasta, | 悪党に仕えるなんてことに、 |
Tahi potkin pohjan puhki, | でないと蹴って底を破るわよ、 |
Levittelen liisteheksi, | 砕くわよそりの板、あんたのよ、 |
Korjasi pilastehiksi, | そりを破片にするわよ、 |
Rämäksi reen retukan. | 粉々にするわよ、脆いそりを。 |
Kullervo Kalervon poika, | クレルヴォ、カレルヴォの息子は、 |
Sinisukka äijön lapsi | 青い靴下、老人の子 |
Aukaisi rahaisen arkun, | 開いた、宝の箱を、 |
Kimahutti kirjakannen, | 取り除けた、装飾のある蓋を、 |
Näytteli hopeitansa, | 見せた、彼の銀を、 |
Verkaliuskoja levitti, | 衣地の品を広げた、 |
Kultasuita sukkasia, | 金の口もとの靴下を、 |
Vöitänsä hopeapäitä. | その帯を、銀を被せた。 |
Verat veivät neien mielen, | 衣地は惹きつけた、乙女の心を、 |
Halu muutti morsiamen, | 願望が変えた、花嫁を、 |
Hopea hukuttelevi, | 銀が誘惑する、 |
Kulta kuihauttelevi. | 金が惑わせる。 |
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koppoi : (引きずり込んだ)?kopata(ひったくる、捕らえる)?koppa(籠)から?neion : neiti(娘、乙女)対格第11章でレンミンカイネンがキュッリッキを力ずくで奪う場面にも、この行と全く同じ表現がある。岩波文庫の注釈によれば、リョンロットがクレルヴォのこの場面全体を第11章に借用したのだそうだ。
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reualti : (抱き込んだ)?reuhtoa(ぐいと引く)?rekosehensa : rekosehesi
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asetteli : asetella(据える、整える)3単数過去→押さえ込んだ?taljoillensa : talja(隠れ場、毛皮)-lle(~に)-nsa(彼の)
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vieretteli : vieriä(進む、過ぎ去る、転がす)?3単数過去→転がした続く娘の答えの前にある2行がやはり省略されている。
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päästä : päästä(取る、許される、放す、避ける)命令pois : pois(外へ、離れて)副詞minua : minä(私)分格=私をtästä : tämä(これ)出格=ここから
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laske : laskea(させる、下げる、置く)命令lasta : lasten(子供の、赤ん坊の) < lapsi(子供、息子、赤ん坊)vallallensa : (自分に打ち克つように)vallata(つかまえる、征服する、静める)-lle(~に:向格)-nsa(その)。conquer onselfということなので、己に克って~しない、~することから自由である。小泉訳では「思うに任せて」だが、これだと続く節を否定形に訳さなくてはならないので、窮屈でも「打ち克つ」にした。詩篇116:16の最後はフィンランド語でsinä olet minun siteeni vallallensa päästänyt(あなたは私のなわめを解いてくれた)、箴言19:19でもsentähden laske vallallensa(彼らを救おうとしても)。やはり第11章でレンミンカイネンがキュッリッキを力ずくで奪う場面に全く同じ行がある。そちらの小泉訳は「子供を自由にして下さい」。
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kunnotointa : 悪人を:kunnon(善)-ton(~のない)kuulemasta : kuulla(聞く)第3不定詞出格
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paholaista : 悪人を:paha(悪)palvomasta : palvoa(崇敬する)第3不定詞出格
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tahi : tai(あるいは、でなければ)potkin : potkia(蹴る)1単数現在pohjan : pohja(底)対格puhki : puhki(貫いて、打ち破って)第38章でイルマリネンが殺された妻の妹を拉致する場面にもここからの4行とよく似た表現があるが、potkin以外は少しずつ用いられている語が違う。
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levittelen : levitä(のばす、広げる、ばらまく、拡散させる)1単数現在liisteheksi : liiste(薄い板、木の薄片)+si(あなたの)
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korjasi : kori(かご、台車)+si(あなたの)pilastehiksi : pilastehi( 破片にする?)
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rämäksi : rämä(倒れそうな、ぐらぐらする?)reen : reki(橇)retukan : ressukka(惨めなもの)?
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aukaisi : aukaista(開く、覆いを取る)3単数過去rahaisen : raha(金銭)arkun : arkku(箱、櫃)対格
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kimahutti : kimeä( 甲高い)?ギィと音を立てて持ち上げる?kirjakannen : kirja(本、重なったシート、彫りの装飾)kansi(覆い)対格
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näytteli : näytellä(見せる、演ずる)3単数過去hopeitansa : hopea(銀)
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verkaliuskoja : verka(布地、ラシャ)liuska(薄片、シート)levitti : levittää(広げる)3単数過去
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kultasuita : kulta(金)金の口もとのsukkasia : sukka(靴下)複数分格
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vöitänsä : vyö(帯、ベルト)複数分格+nsä(その)hopeapäitä : hopea(銀)pää(頭)複数分格
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verat : verka(布地、ラシャ)複数veivät : viedä(連れ去る、占める)3複数過去neien : neiti(娘、乙女)属格mielen : mieli(気持ち、心、考え)対格
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halu : halu(願望)※カレワラではraha(金銭)だがシベリウスがあえて変更している。補足「願望が変えた」参照。muutti : muuttaa(変える)3単数過去morsiamen : morsian(花嫁)対格
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hopea : hopea(銀)hukuttelevi : hukuttaa(溺れさせる、氾濫する)3単数現在*
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kuihauttelevi : (惑わす)?kuihtua( 枯れさせる?)続く場面をシベリウスは言葉を省略して音楽のみで表現している。
ここで男声合唱は4部のハーモニーとなってffで歌い、伴奏は木管と高弦の上昇音を加わえてクレッシェンドしながら危険なエネルギーをほとばしらせます。急にテンポを落とすと、合唱がppで「抱き入れた、そりの中へ」と囁く上でSop独唱が早口で抵抗の言葉を。
布地や金銀を見せられると、コントラバス(Cb)が執拗に反復するホ音の上で音楽はささやくように揺れ動いています。転調してObが最高に甘く奏でる旋律とともに2部となった合唱が「衣地は惹きつけた」[14]と歌います。
カレワラでは「そこで乙女を籠絡し、口説き愛撫した…」と続く部分を、シベリウスは言葉なしに音楽のみで表現します。Vnとピッコロ(Picc)の情熱的な旋律(リズムや音の関係は第1楽章のクレルヴォ主題を想起させます)とトランペット(Tp)のユニゾンが対話し、背景では上下跳躍動機のリズムがずっと続きます。
告白
Mist'olet sinä sukuisin, | どちらなの、あなたの家柄は、 |
Kusta rohkea rotuisin? | どこの勇敢な人の血筋なの? |
Lienet suurtaki sukua, | おそらくあなたは偉大な家柄でしょう、 |
Isoa isän aloa. | 大いなる父の氏族でしょう。 |
En ole sukua suurta, | そんなことない家柄が偉大なんて、 |
Enkä suurta, enkä pientä, | 偉大でもない、卑小でもない、 |
Olen kerran keskimmäistä, | ちょうど中くらい、 |
Kalervon katala poika, | カレルヴォのつまらない息子、 |
Tuhma poika tuiretuinen, | 愚かな息子さ分別のない、 |
Lapsi kehjo keiretyinen; | 子供だよ無能で鈍い; |
Vaan sano oma sukusi, | でも言ってくれ君自身の家柄を、 |
Oma rohkea rotusi, | 君自身の勇敢な血筋を、 |
Jos olet sukua suurta, | もし家柄が偉大なら、 |
Isoa isän aloa. | 大いなる父の氏族なら。 |
En ole sukua suurta, | そんなことない家柄が偉大なんて、 |
Enkä suurta, enkä pientä, | 偉大でもない、卑小でもない、 |
Olen kerran keskimmäistä, | ちょうど中くらい、 |
Kalervon katala tyttö, | カレルヴォのつまらない娘、 |
Tyhjä tyttö tuiretuinen, | 愚かな娘よ分別のない、 |
Lapsi kehjo keiretyinen. | 子供なの無能で鈍い。 |
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mist’ : mistä(どこから)=mikä(どれ、何)出格olet : ole(~である)3単数現在sinä : sinä(あなた)sukuisin : suku(家族、家柄)属格この直前は Jo antoi Jumala aamun,/toi Jumala toisen päivän./Niin neiti sanoiksi virkki,/kysytteli, lausutteli(さて神は朝を授けた/神はもたらした、次の日を。/そこで娘は言葉を述べた/尋ねて話した)が省略されており、一夜が明けての話となる。
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kusta : kuka(どこ、だれ、何)の出格rohkea : rohkea(大胆な、勇敢な)rotuisin : rotu(血筋、氏族)属格
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lienet : olla(~となる、である)2単数可能法=あなたは~だろうsuurtaki : suur(大きな)sukua : suku(家族、家柄)
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isoa : iso(大きい、偉大な)分格isän : isä(父)属格aloa : ala( 枝、分野)
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en : ei(否定辞)1単数ole : olla(~である)否定時suurta : suur(大きな)クレルヴォが答える前の導入句2行が省略されている。
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enkä : ei(否定辞)1単数+-kä(また~でもない)pientä : pieni(小さい)分格
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olen : olla(~である)1単数kerran : kerran(一度、ちょうど)keskimmäistä : keski-(中位の、平均の)+määräinen(程度の量)分格第49章でイルマリネンが槍の束などを造る場面でeikä suurta eikä pientä, takoi kerran keskoisia(大きくもなく小さくもなく、その中ほどのものを鍛造した)という表現が出てくる。
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katala : katala(つまらない、きたない)
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tuhma : tuhma(愚かな、手に負えない)tuiretuinen : tuiretuinen(愛しい子?分別のない)
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kehjo : kahjo(いかれた、馬鹿な)keiretyinen : (鈍い?)
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vaan : vaan(しかし)sano : sanoa(言う)命令oma : oma(自分の)sukusi : suku(家族、家柄)対格
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rotusi : rotu(血筋、氏族)-si(あなたの)
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jos : jos(もし)
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妹が答える前の導入句2行が省略されている。
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tyttö : tyttö(少女)
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tyhjä : tyhjä(空っぽの)
場面は翌朝。9/4拍子となり、弦楽器とFg、ティンパニ(Timp)がppで長短短リズムを延々と刻む上で、二人の対話が始まります。変イ長調で始まりますが、Sopの旋律はA♭リディアの香りを帯びています。答えるBarも変イ長調で始まりながら、ト短調のようになったりA♭ドリアのようになったりと、微妙な変化がふんだんに(音程が悪かったりビブラートかけ過ぎたりすると何を歌っているのか分からなくなるところです)。
妹の回想
Ennen lasna ollessani | 昔わたしが子供の頃 |
Emon ehtoisen eloilla, | 優しい母と暮らしていて、 |
Läksin marjahan metsälle, | 出かけたの苺を摘みに森へ、 |
Alle vaaran vaapukkahan; | 山のふもとへ木苺を; |
Poimin maalta mansikoita, | わたしは摘んだ地面からイチゴを、 |
Alta vaaran vaapukoita, | 山のふもとで木苺を、 |
Poimin päivän, yön lepäsin. | 摘んだの一日、夜に休んで。 |
Poimin päivän, poimin toisen, | 摘んだの一日、摘んだの次の日も、 |
Päivälläpä kolmannella | 日が三日目になって |
En tiennyt kotihin tietä; | 分からなくなった家への道が; |
Tiehyt metsähän veteli, | 小道が森へと導いた、 |
Ura saatteli salolle. | わだちが通じていた荒れ野へと。 |
Siinä istuin, jotta itkin, | そこにわたしは座り込み、そして泣いた、 |
Itkin päivän, jotta toisen, | 泣いたの一日、そして次の日も、 |
Päivänäpä kolmantena | 日が三日目になって |
Nousin suurelle mäelle, | 登ったの大きな丘に、 |
Korkealle kukkulalle, | 高い丘の上に、 |
Tuossa huusin, hoilaelin, | そこでわたしは叫び、呼んだ、 |
Salot vastahan saneli, | 森が答えて言った、 |
Kankahat kajahtelivat: | 荒野が轟いた: |
“Elä huua hullu tyttö, | 「やめろ叫ぶのは狂った娘よ、 |
Elä mieletön melua, | やめろ考えのないもの、わめくのは、 |
Ei se kuulu kumminkana, | それは聞こえない誰にも、 |
Ei kuulu kotihin huuto!” | 聞こえないのだ家で叫び声は!」 |
Päivän päästä kolmen, neljän, | 日がそれから三日、四日、 |
Viien, kuuen viimeistäki | 五日、六日と至ってついに |
Kohenihin kuolemahan, | わたしは試みた、死のうと、 |
Heitihin katoamahan; | 身を投げた、消え去ろうと; |
Enkä kuollut kuitenkana, | 死ねなかった、でもどうしても、 |
En mä kalkinen kaonnut. | できなかった、わたしは不運にも滅びることが。 |
Oisin kuollut kurja raukka, | 死んでいれば、哀れな惨めな者が、 |
Oisin katkenut katala, | こと切れていたら、不幸な者が、 |
Äsken tuossa toisna vuonna, | まさにその次の年、 |
Kohta kolmanna kesänä, | すぐ三度目の夏には、 |
Oisin heinänä helynnyt, | 草となってきらめいていたでしょう、 |
Kukoistellut kukkapäänä, | 咲いていたでしょう花の頂として、 |
Maassa marjana hyvänä, | 地面で苺の上等なのになって、 |
Punaisena puolukkana | 真っ赤なコケモモになって |
Nämät kummat kuulematta, | こんな恐ろしいことを聞いたりせず、 |
Haikeat havaitsematta. | 無残なことを見たりせず。 |
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ennen : ennen(かつて、以前)lasna : lapsi(子供)+-na(~の上、である時?)ollessani : olla(~である、~にいる)第2不定詞内格
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emon : emo(母)属格ehtoisen : eho( 美しい、素晴らしい)?eloilla : elo(生活)複数所格
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läksin : lähteä(行く、歩く、去る)1単数過去marjahan : marja(いちご)metsälle : metsä(森)+lle(~へ:向格)ムーミンに木苺のジュースやイチゴのジャムがしばしば登場するように、ベリー類はフィンランドの食卓に欠かせないもので、夏になるとみんな森で苺摘みをするのだという。カレワラでも、第2章でワイナミョイネンが荒れ地を開墾すると「土に苺の茎が伸び」るし、第3章では乙女アイノの母が娘の頃に「森へ苺を取りに出た」と触れられるなどなど、いたるところに出てくる。そしてマリヤッタが蔓苔桃からカレリアの王を身ごもる最終章はmarjaのオンパレード。
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vaaran : vaara(森の茂った丘)向格vaapukkahan : vaapukka(木苺、ラズベリー)入格
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poimin : poimia(摘む)1単数過去maalta : maa(土地、国)+-lta(~から:離格)mansikoita : mansikka(いちご)複数分格
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alta : alle(下)離格vaapukoita : vaapukka(ラズベリー)複数分格
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päivän : päivä(日、昼間)属格yön : yö(夜)属格lepäsin : levätä(休む)1単数過去
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toisen : toinen(別の、他の)属格
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päivälläpä : päivä(日、昼間)所格päivälläkolmannella : kolmonen(第3の)+lla(~で、~に:所格)
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tiennyt : tietää(知っている)1単数過去否定tietä :
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tiehyt : tie(道)複数対格tietからmetsähän : metsä(森)veteli : vetää(導く、引っ張る)3単数過去(veti)同じ表現が第30章にも。
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ura : ura(道筋、溝、わだち)saatteli : saatella(伴う)3単数過去salolle : salo(深い森、荒れ地)+lle(~へ:向格)
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siinä : se(それ)内格=そこにistuin : istua(座る)1単数過去jotta : jotta(そして)itkin : itkeä(泣く)1単数過去
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päivänäpä : päivä(日、昼間)様格päivänäkolmantena : kolmonen(第3の)様格?
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nousin : nousta(登る)1単数過去suurelle : suur(大きな)mäelle : mäki(丘)向格;一般にvuori(山)より小さい
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korkealle : korkea(高い)向格kukkulalle : kukkula(丘)向格;一般にmäki(丘)より小さい
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tuossa : tuossa(そこで)huusin : huutaa(叫ぶ)1単数過去hoilaelin : huudella( 呼びかける)1単数過去(huutelin)?
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salot : salo(深い森、荒れ地)複数saneli : sanella(命じる、頭ごなしに言う)3単数過去
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kankahat : kangas(荒れ地、織布)複数kajahtelivat : kajahtaa(響く、こだまする)3複数過去(kajahtivat)この2行のみ、兄妹の対話ではなく森の声なので、語りの前の導入句が使われている。
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elä : älä(するな)huua : huutaa(叫ぶ)否定(huuda)hullu : hullu(狂った)
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mieletön : mieletön(考えのない者)=mieli(気持ち、心、考え)+ton(~のない)melua : meluta(騒ぐ)否定
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ei : ei(否定辞)3単数se : se(それ)の対格kuulu : kuulla(聞く)否定kumminkana : kumma(地上で、世界中で、奇妙な)最上級+-kaan(~でもない)?誰にも
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huuto : huuto(叫び、悲鳴) < huutaa(叫ぶ)
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päästä : päästä(後で、のうちに)kolmen : kolme(3)対格neljän : neljä(4)対格
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viien : viisi(5)対格(viiden)kuuen : kuusi(6)対格(kuuden)viimeistäki : viimeistään(最後になって)=viimein(最後に)+stä(~に)分格
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kohenihin : koettaa( 試みる)1単数過去再帰kuolemahan : kuolema(死);kuolla(死ぬ)第3不定詞入格
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heitihin : heittää(投げる)1単数過去再帰katoamahan : kadota(消える)第3不定詞入格
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kuollut : kuolla(死ぬ)単数過去否定形kuitenkana : kuitenkaan(しかしながら)
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mä : mä(私:口語)kalkinen : kolkko( 物悲しい、暗い)kaonnut : kadota(消える)単数過去否定形
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oisin : olla(~である、となる)1単数条件法過去(olisin)もし~であるならkurja : kurja(哀れな)raukka : raukka(貧しい)
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katkenut : katketa(切る、壊す)1単数条件法過去
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äsken : äsken(ちょうど、まさしく)tuosta : tuo(あの)-sta(~から:離格)=そこからtoisna : toinen(別の、他の)様格vuonna : vuosi(年)様格(vuotena)
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kohta : kohta(すぐに)kolmanna : kolme(3)様格(kolmena)kesänä : kesä(夏)様格
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heinänä : heinä(草)様格=草となってnhelynyt : helinä( 快く鳴り響く)完了形?
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kukoistellut : kukoistaa(花咲く)過去完了kukkapäänä : kukka(花)+pää(頭)様格=花の頂として
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maassa : maa(土地、国)+-ssa(~で)marjana : marja(いちご)様格=いちごとしてhyvänä : hyvä(良い、素晴らしい)様格
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punaisena : punainen(赤い)様格puolukkana : puolukka(こけもも)様格=こけももとして
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nämät : nämä(これらの)kummat : kumma(奇妙な、嫌な、世界中で)複数対格kuulematta : kuulla(聞く)第3不定詞欠格形=聞くことなしに
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haikeat : haikea(憂鬱な、沈鬱な)havaitsematta : havaita(観察する、知覚する)第3不定詞欠格形=見ることなしに妹が語り終えた後の地の文は省略されて、木管楽器の和音のみで表現されている。
Sopが「昔わたしが子供の頃」と回想を始めると6/4拍子になり、跳躍音形が伴奏に姿を現します。転調した旋律は第2の乙女でのクレルヴォ合唱と同じ音の並びで始まり、Eドリアの響きが思い出されます。
長短短リズムが加わってだんだん不安が高まって行きます。音は静まってテンポがゆったりとなり、鳥のざわめきのようなフルート(Fl)とPiccを伴って森の声が響きます。
「死んでいれば」からは、木管の切迫したリズムのもとで弦楽器が和音をさまざまに変化させて妹の心を表現します。「草となってきらめいて」からとても小さく鳴らされるTrglのトレモロが悲しさを彩ります。カレワラでは歌詞テキストに続いて語られる妹が川に飛び込む場面は、木管がfffで3小節伸ばす嬰ハ短調の和音に凝縮されています。
クレルヴォの嘆き
Voi poloinen päiviäni, | あぁ惨めな我が日々よ、 |
Voipa kurja kummiani, | おぉ哀れな恐ろしいものよ、 |
Voi kun pi’in sisarueni, | あぁ弄ぶとは我が妹を、 |
Turmelin emoni tuoman! | 破滅させた我が母の産んだものを! |
Voi isoni, Voi emoni, | あぁ我が父よ、あぁ我が母よ、 |
Voi on valtavanhempani, | あぁおれの尊い両親よ、 |
Minnekä minua loitte, | どこへおれを生み出したのか、 |
Kunne kannoitte katalan! | いずこへ運んだのか不幸な者を! |
Parempi olisin ollut | ずっとよかっただろう |
Syntymättä, kasvamatta, | 生まれもせず、育ちもせず、 |
Ilmahan sikeämättä, | 大気へ受け入れられることなく、 |
Maalle tälle täytymättä; | 大地へ宿ることがなかったなら; |
Eikä surma suorin tehnyt, | しなかった、死は最も適切なことを、 |
Tauti oikein osannut, | 病も正しくできなかった、 |
Kun ei tappanut minua, | しなかったのだ、殺すこと、おれを、 |
Kaottanut kaksiöisnä. | 滅ぼすこと、二夜のうちに。 |
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voi : voi(間投詞:ああ、おお)poloinen : poloinen(可哀想な、惨めな)päiviäni : päivä(日、昼間)複数分格+ni(私の)クレルヴォの嘆きの前にある4行の導入句は省略されている。Kullervo, Kalervon poika,/pyyhältihe korjastansa,/alkoi itkeä isosti,/valitella vaikeasti
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voipa : voi(間投詞:ああ、おお)+-pa(驚きの接尾辞)kummiani : kumma(奇妙な、嫌な、世界中で)複数分格+ni(私の)
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kun : kun(~とき、~とは)pi’in : pilkata(もてあそぶ、愚弄する)1単数過去(pilkkasin)sisarueni : sisar(妹)対格+ni(私の)
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turmelin : turmella(滅ぼす、破滅させる)1単数過去emoni : emo(母)属格(emon)+ni(私の)tuoman : tuottaa(生みだす)第3不定詞助格?(tuottaman)→産んだ者=むすめ「母が」産んだものを破滅させたことを嘆くという点で、クレルヴォは妹ではなく最愛の母のことを考えているのだとマケラ(Mäkelä)は指摘している。
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isoni : isä(父)属格(isän)+ni(私の)
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valtavanhempani : valta(力、第一)vanhempi(両親)+ni(私の)
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minnekä : minne(どこに)+kä(疑問接尾辞?)minua : minä(私)分格loitte : luoda(つくりだす、生む)2複数過去
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kunne : kun(どこ:古もしくは方言)kannoitte : kantaa(運ぶ)2複数過去katalan : katala(つまらない、きたない)
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parempi : parempi(より良い)ollut : olla(~である、となる)1単数可能法過去;olisin ollut=であったなら
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syntymättä : syntyä(生まれる)第3不定詞欠格=生まれないでkasvamatta : kasvaa(育つ)第3不定詞欠格=育たないで
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ilmahan : ilma(大気、水)向格sikeämättä : sietää( 持つ、受け入れる、取る)第3不定詞欠格
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maalle : maa(土地、国、世界)-lle(~へ)。独訳のErdeの感じにしてみた。tälle : tämä(これ)+lle(~へ:向格)täytymättä : täyttyä(満たす、実現する、宿る)第3不定詞欠格=宿らないで
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eikä : ei(否定辞)3単数+-kä(また~でもない)suorin : suora(真っ直ぐな、正しい、直接の)最上級tehnyt : tehdä(する、行なう)否定過去完了
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tauti : tauti(病気)oikein : oikein(正しく)osannut : osata(できる)否定過去完了
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tappanut : tappaa(殺す)否定過去完了
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kaottanut : kaataa( 転覆する、投げ捨てる)?否定過去完了kaksiöisnä : kaksi(2)öisn(夜に)+nä(様格)=2夜で
管弦楽が叩きつける和音の頭打ちを伴い、Bar独唱が切々と嘆きを歌います。「二夜のうちに」と歌いきると、全合奏のffでヘ短調の和音が長く伸ばされ、最後にTimpの一撃で悲劇の楽章を閉じます。
第4楽章:クレルヴォの戦争への出発
妹の破滅に狂乱したクレルヴォは母のもとにいったん帰り、ほとんど自暴自棄で母が止めるのも聞かずにウンタモとの戦いに出かけます(家族は生きていたという話にしてしまったので、復讐といっても辻褄が合わないのですが、一族の敵討ということでしょうか)。この楽章には歌はありませんが、初演時のプログラムにはカレワラ第36章からの次の一節が掲載されており、新全集版スコアの楽章扉にもこれが「標語」として掲げられています。
Kullervo Kalervon poika, | クレルヴォ、カレルヴォの息子は、 |
Sinisukka äijön lapsi | 青い靴下、老人の子 |
Läksi soitellen sotahan, | 出かけた、笛吹き鳴らし戦争に、 |
Ilotellen tappelohon; | 喜び勇んで戦いに; |
Soitti suolla, soitti maalla, | 吹いた沼地で、吹いた田舎で、 |
Kajahutti kankahalla, | 鳴り響いた、灌木の荒れ地で、 |
Rojahutti ruohokossa, | 吹き荒れた、芝草で、 |
Kulahutteli kulossa. | ひっつかんだ、枯れ草で。 |
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läksi : lähteä(行く、歩く、去る)3単数過去soitellen : soitella(演奏する)第2不定詞助格 < soittaa(演奏する)+lla(反復接尾語)sotahan : sota(戦争)
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ilotellen : ilotella(浮かれ騒ぐ、はしゃぐ)第2不定詞助格tappelohon : tapella(戦う)
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soitti : soittaa(演奏する)3単数過去suolla : suo(沼地)+lla(~で、~に:単数所格)maalla : maa(田舎、土地、国、世界)+lla
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kajahutti : kajahutti(響く、鳴る)3単数過去?(kajahti)kankahalla : kangas(荒れ地、織布)+lla(~で、~に:複数所格kankailla)
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rojahutti : räjähtää(嵐が吹く、爆発する)ruohokossa : ruohikko(芝草)内格(ruohikossa) < ruoho(芝)+-kko(集合名詞化)
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kulahutteli : kulauttaa( もぎ取る、ひっつかむ、ぐっと飲み干す)?kulossa : kulo(枯れ草)内格
行進曲風にと記された音楽ですが、旋律は断片的で妙な箇所にアクセントが付けられ、ハ長調のはずが部分的にハ短調の音階が混じったりと、何かちぐはぐな出陣です。これに続くクレルヴォの笛(Fl、Picc)の音は旋律にならず忙しく波打つだけ。
副次的な主題も変則的なシンコペーションで彩られます(このリズムを合奏でぴったり決めるのは容易ではありません)[15]。荒れ地で障害物を飛び越えていく行進といった趣です。
中間部に至って低音に現れる重量級の主題はウンタモとの戦いの表現でしょうか。第3楽章のクレルヴォの合唱(譜例15)と同じく旋法的な響きが混じり込んでいます。
第5楽章:クレルヴォの死
ウッコ神から貰い受けた、見事な切っ先で百人相手に立ち向かえる剣。その剣を手にウンタモを撃滅したのですが、戻ってみると家族も家もすでになくなっていました。墓の中からの母の言葉に従い、食糧を求め犬を連れて森に出かけます。
思い出の場所
Kullervo Kalervon poika, | クレルヴォ、カレルヴォの息子は、 |
Otti koiransa keralle, | 連れて行った、彼の犬を一緒に、 |
Läksi tietä telkkimähän, | 出発した、道を踏みしめ、 |
Korpehen kohoamahan; | 森の中へ登るため; |
Kävi matkoa vähäsen, | 進んだ、道のりをいくらか、 |
Astui tietä pikkaraisen, | 歩いた、道をいくばくか、 |
Tuli tuolle saarekselle, | やって来た、あの森の隅に、 |
Tuolle paikalle tapahtui, | あの場所に出くわした、 |
Kuss’ oli piian pillannunna, | そこでだった、少女を弄んだのは、 |
Turmellut emonsa tuoman. | 破滅させたのは、母が産んだものを。 |
Siin’ itki ihana nurmi, | そこでは泣いていた、見事な芝が、 |
Aho armahin valitti, | 優雅な空草地が嘆いていた、 |
Nuoret heinät hellitteli, | 若い芝草が悲しんでいた、 |
Kuikutti kukat kanervan | なじっていた、ヒースの花が |
Tuota piian pillamusta, | あの少女を弄んだことを、 |
Emon tuoman turmellusta, | 母が産んだものの破滅を、 |
Eikä nousnut nuori heinä, | 生えなかった、若い芝草は、 |
Kasvanut kanervan kukka, | 育たなかった、ヒースの花は、 |
Ylennyt sialla sillä, | 伸びなかった、少しの場所も、 |
Tuolla paikalla pahalla, | あの場所でだ、悪があったのは、 |
Kuss’ oli piian pillannunna, | そこでだった、少女を弄んだのは、 |
Emon tuoman turmellunna. | 母が産んだものを破滅させたのは。 |
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otti : ottaa(取る、連れて行く、引っ張る)3単数過去koiransa : koira(犬)+nsa(彼の:属格)。母が残しておいてくれたMustiという犬。Mustiはmusta(黒い)からで、日本で言えばクロ(岩波文庫でもそうなっている)。keralle : kera(一緒に)+lle(~へ:向格)
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tietä : tie(道)分格telkkimähän : (踏みしめる??)tellata( 踏みにじる)
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korpehen : korpi(野生の森)入格kohoamahan : kohota(登る)第3不定詞入格
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kävi : käydä(行く)3単数過去matkoa : matka(旅)分格(matkaa)vähäsen : vähäinen(少し)属格
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astui : astua(歩く)3単数過去pikkaraisen : pikkuinen(少し)?属格
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tuli : tulla(来る)3単数過去tuolle : tuo(あの)+lle(~へ:向格)saarekselle : saareke(島、離地)?向格
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paikalle : paikka(場所)+lle(~へ:向格)tapahtui : tapahtua(来る、起こる、出会う)3単数過去
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kuss’ : kuka(どこで)内格(kussa)oli : olla(~である)3単数過去piian : piika(少女)対格pillannunna : pilkata(もてあそぶ、愚弄する)過去分詞様格
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turmellut : turmella(滅ぼす、破滅させる)過去分詞emonsa : emo(母)属格(emon)+-nsa(彼の)
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siin’ : se(それ)内格(siinä)=そこでitki : itkeä(泣く)3単数過去ihana : ihana(素晴らしい、愛らしい、見事な)nurmi : nurmi(芝、草地)
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aho : aho(森の空き地、森の住人)armahin : armas(愛すべき、喜ばしい)からvalitti : valittaa(不満を述べる)3単数過去
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nuoret : nuori(若い)複数heinät : heinä(芝草)複数hellitteli : heilutella( 波立たせる、心をかき乱す)?3単数過去
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kuikutti : (なじる?)?kukat : kukka(花)複数kanervan : kanerva(ヒース)属格
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tuota : tuo(あの)分格pillamusta : pilkata(もてあそぶ、愚弄する)出格
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turmellusta : turmella(滅ぼす、破滅させる)出格
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nousnut : nousta(のぼる、伸びる)単数過去否定形nuori : nuori(若い)heinä : heinä(芝草)
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kasvanut : kasvaa(育つ)単数過去否定形kukka : kukka(花)
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ylennyt : yletä(伸びる、届く)単数過去否定形sialla : sija(場所)sillä : se(それ)+lla(~で、~に:所格)
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tuolla : tuo(あの)+lla(~で、~に:所格)paikalla : paikka(場所)所格pahalla : paha(悪)所格
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turmellunna : turmella(滅ぼす、破滅させる)過去分詞様格?
弱音器をつけた高音弦楽器がpで不安定な和音(どうやらロ短調のIVとV7を行き来しているらしい)を刻み、ロから嬰イに半音下がるHrの長い音を受けて、男声合唱がユニゾンで歌い始めます。神秘的な霧の中の雰囲気を持つこの旋律は、半音下降の後に長三度順次下降してから旋法的に上昇するという第1楽章第2主題後半(譜例4)と同じ音程関係の並びです。「森の中へ」で合唱が4部に分かれるところでようやく主和音が姿を現します。
イングリッシュホルン(Ehr)の表情を込めた悲しげなモノローグは第1楽章の第1経過句(譜例2)から。これ受けて合唱が「破滅を」と呟くと、繊細で細かな刻みの分散和音と低音のリズムを背景に第1楽章再現部の第2主題の息の長い旋律(譜例8)が歌心を持って甘く奏でられます。合唱は再び4部に分かれ、最小限の音の変化だけで「そこでは見事な芝草が泣き」を和声的に歌っていきます。
音楽は大きく盛り上がり、管弦楽の歌にEhrのモノローグの旋律がつながったところで、突然ニ長調の増五度和音を打ち付けて場面が転換します。
自刃
Kullervo Kalervon poika | クレルヴォ、カレルヴォの息子は |
Tempasi terävän miekan, | 引き抜いた、鋭い剣を、 |
Katselevi, kääntelevi, | 見つめた、裏表に返した、 |
Kyselevi, tietelevi; | 尋ね、聞いてみた; |
Kysyi mieltä miekaltansa, | 尋ねた、考えをその剣に、 |
Tokko tuon tekisi mieli | 持っているか、そうする気持ちを |
Syöä syyllistä lihoa, | 食べるという、罪深い肉を、 |
Viallista verta juoa. | 汚れた血を啜るという。 |
Miekka mietti miehen mielen, | 剣は読み取った、人の気持ちを、 |
Arvasi uron pakinan, | 理解した、勇者の話を、 |
Vastasi sanalla tuolla: | 答えたのだ、剣はこのように: |
“Miks’ en söisi mielelläni, | 「しないなどあろうか、食べることを、喜んで、 |
Söisi syyllistä lihoa, | 食べることを、罪深い肉を、 |
Viallista verta joisi, | 汚れた血を啜ることを、 |
Syön lihoa syyttömänki, | 食べてきたのだ肉を、罪のない、 |
Juon verta viattomanki.” | 啜ってきたのだ血を、汚れていない。」 |
Kullervo Kalervon poika, | クレルヴォ、カレルヴォの息子は、 |
Sinisukka äijön lapsi | 青い靴下、老人の子 |
Pään on peltohon sysäsi, | 柄を地に押し当て、 |
Perän painoi kankahasen, | 茎を突き立てた、荒れ地に、 |
Kären käänti rintahansa, | 刃先を向けた、彼の胸へ、 |
Itse iskihe kärelle, | わが身を差し込んだ、刃先へと、 |
Siihen surmansa sukesi, | そこで彼は自死を遂げ、 |
Kuolemansa kohtaeli. | その死を迎えたのだ。 |
Se oli surma nuoren miehen, | こうして自刃した、若い人は、 |
Kuolo Kullervo urohon, | 死なのだクレルヴォという勇者の、 |
Loppu ainaki urosta, | 最期を迎えた、ともあれ男の、 |
Kuolema kovaosaista. | 死に様なのだ、悲運の。 |
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tempasi : temmata(つかむ)3単数過去terävän : terävä(鋭い)対格miekan : miekka(剣)単数対格
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katselevi : katsella(見る)3単数過去(katseli)kääntelevi : käännellä(回す、裏返す)3単数過去(käänteli)
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kyselevi : kysellä(尋ねる)3単数過去(kyseli)tietelevi : tiedustella( 尋ねる、聞く)?3単数過去(tiedusteli)
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kysyi : kysyä(聞く)3単数過去mieltä : mieli(気持ち、心、考え)分格miekaltansa : miekka(剣)単数離格+nsa(その:属格)
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tokko : tuoda(持ってくる、取る)3単数現在+ko(疑問接尾辞)=tuokotuon : tuo(それ)対格tekisi : tehdä(する)3単数条件法mieli : mieli(気持ち、心、考え)
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syöä : syödä(食べる)時相構文??syyllistä : syyllinen(罪のある)分格lihoa : liha(肉)
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viallista : viallinen(悪い)分格verta : veri(血)分格juoa : juoda(飲む)
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miekka : miekka(剣)mietti : miettiä(考える)3単数過去miehen : mies(人)属格=人の
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arvasi : arvata(推測する)3単数過去uron : urho(英雄、勇者)属格(urhon)pakinan : pakina(おしゃべり、雑談)対格
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vastasi : vastata(答える)3単数過去sanalla : sana(言葉)+lla(~で、~に:所格)
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miks’ : miksi(なぜ)söisi : syödä(食べる)3単数条件法現在mielelläni : mielelläni(喜んで) < mielellään(嬉しい)
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joisi : juoda(飲む)3単数条件法現在
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syön : syödä(食べる)1単数現在syyttömänki : syyttää(非難する)+否定??syyttömyys(罪のない)
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juon : juoda(飲む)1単数現在viattomanki : viat(欠点)+否定??viattomuus(罪のない)
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pään : pää(頭)対格peltohon : pelto(畑、野原)入格(peltoon)。単数入格の語尾変化がhonになるのはカレリア方言特有の表現だそうだ。sysäsi : sysätä(強く押す)3単数過去
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perän : perä(底、背)対格painoi : painaa(押し付ける)3単数過去kankahasen : kangas(荒れ地、織布)入格(kankaaseen)
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kären : kärki(先端)対格(kärjen)käänti : kääntää(回す、向ける)3単数過去(käänsi)rintahansa : rinta(胸)
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itse : itse(彼自身)iskihe : iskeä(打つ)3単数過去(iski)再帰kärelle : kärki(先端)向格(kärjelle)
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siihen : se(それ)入格surmansa : surma(死、悲劇)+nsa(彼の:属格)sukesi : sueta(つくりだす)3単数過去(sukeni)
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kuolemansa : kuolema(死)+nsa(彼の:属格)kohtaeli : kohdella(扱う、遂げる)3単数過去(kohteli)
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nuoren : nuori(若い)属格
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kuolo : kuolo(死) < kuolema(死)urohon : urho(勇者、荒々しい男)属格(urhon)。全くいいところなしで描かれてきたクレルヴォだが、この悲劇性ゆえアンチ・ヒーローになり得るのだろう。
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loppu : loppu(最後)ainaki : ainakin(少なくとも、ひとつには)カレワラのテキストはainakinurosta : uros(男、荒々しい男)分格
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kuolema : kuolema(死)kovaosaista : kovaosainen(不運な者)分格? < kova(厳しい)
9/4拍子に変わり、増五度和音には更にバスが増四度(トライトーン)で加わって不気味な響きを奏でる中、合唱がオクターブのユニゾンで剣への語りかけを歌い始めます。いちおうト短調ですが、例によって旋法的に旋律線は半音上にずれて行きます。Tpが加わると剣の答となり、トロンボーン(Trb)も参加して全合奏でおどろおどろしい光景が描かれます。
ホ短調の属七が弦楽器の2オクターブを上下する分散和音と管楽器の和音連打が交互に奏される上で、壮絶な自刃の歌が歌われます。音の景色は全く異なりますが、楽章冒頭の四度上での再現で、あのEhrのモノローグ(譜例29)がTpのユニゾンで奏されると「刃先を向けた」からのクライマックスを迎えます。
6/4に戻って、前半の思い出の場所で奏でられた第1楽章再現部第2主題の旋律(譜例30)が管弦楽の中音域で表情を込めて歌われます。低音は第1楽章冒頭を思い出させるシンコペーション(五度のドローンはむしろ第2楽章冒頭を思わせるかもしれません)。4/4拍子のMaestosoとなって、第1楽章の第1主題を金管楽器が斉奏します。最後の一節を、男声合唱はト長調和音の同音反復で語り続け、「悲運の」の一言でホ短調主和音に。管弦楽がその和音を反復し、全曲の幕を閉じます。
補足
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カレワラ ^: 『カレワラ』は、エリアス・リョンロット(リョンロート/レンルート、Elias Lönnrot)がフィンランドの民詩を編纂した叙事詩です。フィンランドの芸術から政治にまで大きな影響を与えたとされます。
1835年に出されたカレワラ(古カレワラ)では、クレルヴォはカレワの息子として第19章に登場するのみで、鍛冶イルマリネンの奴隷となり、パンに石を入れたその妻を殺してしまうという(新カレワラの第33~34章に近い)内容でした。リョンロットはさらに民詩の採集を続けて1849年に改訂版(新カレワラ)を出版し、ここでウンタモとカレルヴォの戦いや妹の話などが加えられて第31~36章がクレルヴォの物語となります。シベリウスが素材にしたのはこの新カレワラの第35,36章です。
シベリウスは高校の必修科目としてスウェーデン語訳のカレワラを学び、1890年2月にベルリンでカヤヌスの交響詩「アイノ」を聴いて感銘を受けたものの、本格的に民詩の音楽的可能性を見出したのはウィーン留学期だったろうとマケラ(Mäkelä)は述べています。 1890年秋のアイノへの手紙には「カレワラをたくさん読んでおり、フィンランド語についてはるかに理解が進むようになってきた。カレワラはきわめてモダンなものとして衝撃的で、私の耳には純粋な音楽であり、主題と変奏だ」と書いています(愛国云々ではなく“純粋な音楽”という点は注意しておきたいところです)。
(なお主人公の名前はKul-ler-voで、強いて言えば「クルレルヴォ」という感じかなと思いますが、下付き表示ができるとは限らないので、しばしば「クッレルヴォ」と表記されます。小泉保訳の岩波文庫版では「クッレルボ」です。好みやこだわりに応じていろいろありますが、本稿の本文では「クレルヴォ」と表記します。)
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全曲再演と楽譜の出版 ^: マケラによれば出版の告知はなされていたということなのですが、手を入れる必要ありと考えた(1910年1月の日記で「書き直しが必要な古い作品」とされた中にクレルヴォの第2、4、5楽章も含まれていました)こともあってか、生前には実現していません。古カレワラ出版100周年やシベリウスの85歳の誕生日といった特別な機会に部分的に演奏されたものの、全楽章通しての演奏は1958年1月になってようやく、ユッシ・ヤラス(Jussi Jalas、シベリウスの娘婿)の指揮で行なわれました。
マケラは、1940年の受取人未詳の手紙にシベリウスが「この若い時期の作品は、いまだに私の心にとって大切なものです。おそらくまさにこの理由から、私の考えではカレワラの精神から遠くはなれてしまっている時期に、これが外国で演奏されるのを見たいと思わないのです」と書いていることを紹介しています。初演時に「われわれ自身の」「最初から最後までフィンランドのもの」という形で評されたこの曲が、世界戦争の時期に取り上げられれば、ナショナリストの情念に貢献することになってしまうであろうことを念頭に置いていたのだろうと。
初の出版譜であるBreitkopf & Härtels Partitur-Bibliothek Nr. 3883(旧版)は1966年に出されました。この楽譜にはヤラスが序文を寄せていますが、そこにはシベリウスが晩年に「死後に全楽章を演奏してもよい」と述べた(あるいは英語版Wikipediaによれば、第3楽章の「嘆き」の部分のオーケストレーションに手を入れた上で死後の出版を許可した)ことが触れられているそうです。
旧版はViktor Halonenが1933年に筆写した楽譜の縮小ファクシミリで、古カレワラ出版100周年に第3楽章演奏を指揮したGeorg Schnéevoigtによる書き込みがあります。出版されたのは1966年ですが、©1961と記されているため、図書館の書誌などでは出版年が1961となってしまっています。またその後も印刷譜として出版され続けたのは第3楽章のみ(「クレルヴォとその妹、ソプラノ、バリトン、男声合唱および管弦楽のための」というタイトルを持つ1983年のPB.5015)であるため、クレルヴォの旧版は第3楽章しかなかったという話になったりもしています(図書館の書誌ではBH-PB.3883aとして扱われています)。
Halonenの筆写譜はいろいろ問題が多く、新全集版の編集長によれば2000箇所に及ぶ誤りのあるものだったということです(クレルヴォの録音が細部でいろいろ異なるのは、楽譜にどのように手を入れて演奏に耐えるものにしたかの違いによるところも大きいのでしょう)。
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楽章のタイトル ^: Johdanto(序章/導入)、Kullervon nuoruus(クレルヴォの若き日々/青春)といった表題は、新シベリウス全集版のスコアには記載されていません。初演時に配布されたプログラムにはタイトルがあり、これを切り抜いたと思われるスウェーデン語のタイトルが自筆譜の各楽章冒頭(第2楽章以降)に貼り付けられています。またファクシミリを見るとドイツ語の手書きタイトルが確認できますが、新全集版の校訂報告によれば、これはAdolf Paulが赤鉛筆で書き加えたものということです。旧版スコアには活字でドイツ語タイトルが加えられていました。
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クレルヴォの主題 ^: クレルヴォの主題は1891年春から成長を始めたようで、4月のアイノあての手紙で「いま私の交響曲の明確なアイデアが得られつつある」と書いて次のような譜例スケッチを載せています。
ドイツ圏のあの作曲家の影響だとかフィンランド民謡Niin minä sinulle laulan(だから私はあなたのために歌う)との関連などが言われますが、マケラによればシベリウスはどれも肯定していないとのこと。ゴス(Goss)は、シベリウスが1889年の「金管七重奏曲のためのアレグロ」に引用したフィンランド民謡Tuomen juurella(ウワミズザクラの下で)が原型だと主張しています。
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スコッチ・スナップ ^: 付点リズムの長短が通常と逆での形になるもの。スコットランド民謡、特にスペイサイド地方の舞曲ストラスペイ(Strathspey)でよく用いられることからこう呼ばれます。モーツァルトの交響曲K.129など、古典派やバロック音楽でもしばしば用いられました。ロンバルド・リズムともいいます。
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短二度+長三度下降の動機 ^: ここでは二度の上昇を含めた音形をyとして基本動機と考えてみましたが、Tarastiは主題3~4小節目のC-H-Gという短二度+長三度下降の下降からこの曲のさまざまな主題が導かれているとしているそうです(Sibeliuksen Kullervo-sinfoniasta, 1977, Musiikki 7: 1-29, 未読)。
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拍をはずしたリズム ^: スコッチ・スナップが前の長い音とタイで繋がった形とみることができますが、シベリウスが後に頻繁に用いるようになる半拍ずれた音の入りは、もしかしたらこのあたりが原型なのかと思ったりもします。
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旋法的な ^: シベリウスはしばしば教会旋法的な旋律線を用いていますが、これもその一種(というか先駆け)とみることができます。ドレミと上昇した次の4番目の音がファ♯になる(あるいはハ調で言えばファソラシ~という音列)形はリディア旋法の音の並びですね。第3楽章の合唱の出だしのように短調系の場合は、ドリア旋法の第6音と捉えるほうが良いかもしれません。いずれにしても旋法でいうところの終止音には収束せず、シベリウスは教会旋法そのものを用いているというわけではないのですが、この音階はアルカイックというか、印象的です。
バルトークを始めとする東欧の作曲家も旋法を多用していますが、タヴァッシェルナ(Tawaststjerna)はそのシベリウス伝でこのHrによる導入を捉えて、第7音が♭になるミクソリディア風伴奏とあわせ、「バルトークの旋法手法を先取り」するほどだと述べています。Elliott Antokoletzも、シベリウスの交響曲第4番の音楽言語分析において、旋法的な音階を取り上げながらバルトークとの関連に言及しています。
Lionel Pikeは、シベリウスの第6交響曲を分析した論文で、調性と旋法の拮抗に焦点をあてています。ここではまだ第6番ほど意識的ではないかもしれませんが、古典的な長音階、短音階にはおさまらない表現を模索し、またそうした古典的な要素との緊張関係を利用しようとする萌芽はあるのだろうと思います。
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ソナタ形式と第2主題 ^: クレルヴォは器楽の第1、2、4楽章がそれぞれソナタ形式、緩徐楽章、スケルツォに相当し、それに声楽付き楽章を組み合わせた交響曲と見ることができます。第1楽章は確かに提示部、展開部、再現部に相当するセクションがあり、第1の主題もはっきりしています。しかし第2主題は性格の対比が明確という点でHrのなだらかな旋律と考えることもできそうですし、推移部の要素も重要だったりと多主題的な感じがあり、ソナタの枠からはみ出し気味に思えます。
ちなみに、タヴァッシェルナによれば初演時プログラムのノートや自筆譜には「合唱、独唱、管弦楽のための交響詩」と記され、1966年の出版譜でも「交響詩」となっていました。しかしシベリウス自身は手紙その他で一貫してこの曲を交響曲と呼んでおり、ゴスは数々の根拠をあげて新全集版の表題から「交響詩」を外しています。現在では交響曲としての位置付けが一般的になっていると思われますが、2008年のOndine盤(セーゲルスタム指揮)が新全集版出版後にもブックレットの曲名でSymphonic poemとするなど(新全集版ではなくオケ所有楽譜を使ったという話もあり)、微妙なところがあるかもしれません。
マケラは、たとえば第5番を最初は「管弦楽のための劇的幻想曲」と呼んだとか「交響的幻想曲」も考えたとか、シベリウスの他の交響曲においても名称の問題があったこと、またこの時代においてそもそもどんな概念を「交響曲」と呼ぶのかはシベリウスに限らない問題だったことを指摘しています。
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交響曲のアイデア ^: タヴァッシェルナの伝記には、ウィーンの森は「カバやトウヒがあってふるさとのようだ。スミレやキュウキンカがあちこちに咲いている。私のすべての気分はカレワラからのものだ――いま私の交響曲の明確なアイデアが得られつつある」とアイノへの手紙に書き、主題譜のスケッチを載せていることが示されています。ト長調で6/4拍子ですが、第1楽章展開部最後のホ長調の変奏と音の並びは同じで、雰囲気もとても近いことが分かります。
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悲しい子守唄 ^: 最初の構想では現在の1~3楽章が1つの楽章をなし、「アレグロのあとで短調になり、子守唄を持つことになる」と述べていたそうです。初期スケッチでは5/4拍子でレチタティーヴォの性格を持っていたということですが、最終的には5/4拍子は次の楽章に譲られ、3/2拍子に落ち着きました。
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5拍子とカレワラ ^: シベリウスは1891年秋に、文字を使わず数百の詩を暗唱しているというイングリア人ラリン・パラスケを訪れて、フィンランド伝承詩を学びました。タヴァッシェルナの伝記では、パラスケはこれら民詩を歌い、シベリウスはそれを注意深く聞いて語形変化やリズムをノートに記していったとされています。カレワラはいくつかの基本旋律で歌われたということで、伝記に譜例が紹介されていますが、4つのうち3つは5/4拍子です。また岩波文庫版カレワラの解説における歌謡例でも、一般歌謡として挙げられている4例はすべて5拍子系です。第3楽章冒頭、特に譜例14の3小節目に見られる、動きのある3拍と同音反復の2拍という組み合わせは、民詩の旋律の特徴そのものです(Youtubeのカレワラ歌唱でも確認できます)。
(フレーズ末尾で同音を反復するパターンは、5拍子ではないものの第1楽章第2主題後半(譜例4)の語尾や第2楽章の譜例12のように、いろいろなところで取り入れられており、シベリウスの歌曲にも使われることが指摘されています)
また、同郷の作曲家クローン(Krohn)がフィンランド語の詩に5/4拍子で曲をつけてテキストを扱っているのをウィーン時代に知ったことも、要因の1つだとゴスは述べています。もっともクレルヴォの声楽パートでは、5拍子のリズムを生かすというよりも、しばしば単語は小節線をまたいでシンコペーションのようになっており、語る言葉をそのまま音楽にするためにその柔軟性を利用しているようにも思われます。マケラは、民詩というよりもむしろ中世の詩篇歌唱とのつながりを感じさせるフレージングだと述べています。
たとえば第2の旅で合唱がreki rasasi(そりは軋んだ)と力強く畳み掛けるところが、シベリウスがフィンランド語をうまく扱っていることを示す例として言及されたりします。ここでは8分音符3つで"rasasi"と歯切れ良く歌いますが、以前のフィンランド作曲家はしばしば音節を引き伸ばして曲をつけていたため、普通に話す言語とは違って(音節の長さを変えたりすると意味が違う語になったり)しまっていたのだということです。(この件は、追加資料調査中)
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ギャロップのような長短短リズム ^: のリズムは、古典詩の長短短格(母音が長短短となる組み合わせによる韻律)にならってダクテュロスと呼ばれたりします。「シューベルトのソナタはダクテュロスのリズムが多用される」という具合に。が、速いテンポで馬が走るようなリズムをそう呼ぶのはあまり聞いたことがなく、むしろギャロップと言ったほうがしっくりくる感じです。とはいえギャロップは躍動感やテンポを表すのが普通で、特定のリズムを指しているわけではないので、とりあえず長短短リズムと呼んでおきます。
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願望が変えた ^: シベリウスはこの次の行を、カレワラ原文の「金銭が変えた(raha muutti)」から「願望が変えた(halu muutti)」に変更しています(自筆譜では、いったん書いた合唱パートを消して上段に書き直しています。削除前の合唱パートでは、この1行は省略され、mielenからすぐにHopeaとなっているように見えます)。金で気が変わったのではなく、そうありたいという願望によって気が変わったと読み替え、音楽も甘い調べとしているわけです。
ここ以外にも、シベリウスのテキストには標準的なカレワラ(アイノラの書架にあったのはフィンランド文学協会の1887年版)と微妙に違うところが何箇所かあります。ゴスは、(スウェーデン語で育った)シベリウスのフィンランド語の知識不足によるところもあるだろうとしつつ、(パラスケなど)叙事詩の歌い手が即興的に詩の語句を変えることがあったことも踏まえているのだろうと指摘しています。
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ペトルーシュカ風の ^: この副次主題がストラヴィンスキーのペトルーシュカの主題にとても良く似ていることは、多くの人が指摘しています。いろいろ分析すると面白そうですが、またの機会に。
試訳について
テキストは、大小文字、句読点を含めBreitkopf & Härtel(新シベリウス全集)版スコアBH.5304の声楽パート歌詞に従っています。補足でも示したように、標準的なカレワラのテキストとは少し異なる箇所があります。
辞書と英訳、独訳、仏訳、現代フィンランド語訳および日本語対訳+注釈を頼りにそれぞれの単語の意味を調べ、できるだけ単語単位で対応関係が分かるように日本語訳を試みました。フィンランド語は素人であるうえに、カレリア方言特有の表現方法が用いられているため、辞書をひくことすらかなわなかった語句がいくつかあります。これらの箇所は、岩波文庫版(小泉訳)をレファレンスにしつつ各国語訳を照らしあわせ、形が近い現代フィンランド語を推測して訳語を選びました。
カレワラは各行が8音節で頭韻を踏む四脚強弱格で、「音節数と頭韻の原則に縛られているので、単語の選択に厳しい制限を受けている。そこで極端に圧縮された内容やかなり無理な表現が要求されることもある」(岩波文庫解説)のだそうです(四脚強弱格はディエス・イレでも用いられるtrochaic tetrameter=強弱四歩格のことですが、カレワラには独特の破調(broken tetrameter)があるらしい。頭韻は行内の強勢のある音節2つ以上を同じ子音で始めます)。韻律を日本語に置き換えることはほとんどできていませんが、語順をあえて原語どおりにし、言葉の補充も最小限にしたことで、「圧縮された内容やかなり無理な表現」の雰囲気は多少出ているかもしれません。
参考文献
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- in "The Cambridge Companion to Sibelius", , 2004, Cambridge University Press , "Vienna and the genesis of Kullervo: ‘Durchführung zum Teufel!’",
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- 2008, Faber & Faber , "Sibelius Volume I: 1865-1905 (English Edition)",
- 1999, 大学書林 , 『レンミンカイネンとクッレルボ(対訳 カレワラの歌 第2巻)』,
- 1976, 岩波書店 , 『カレワラ 下―フィンランド叙事詩』,