メンデルスゾーン:讃歌の歌詞と音楽

メンデルスゾーンの交響曲第2番「讃歌」を演奏した機会に、その曲の構成と歌詞について調べたことをまとめたものです。

曲の概要

曲名
讃歌 聖書の言葉による交響曲カンタータ 作品52
Lobgesang Eine Symphonie-Kantate nach Worten der Heiligen Schrift op. 52
作曲時期
1840/41
初演
1840-06-25@ライプツィヒ、聖トーマス教会(初稿)
1840-12-03@ライプツィヒ、ゲバントハウス(改訂稿)
楽章構成
  • 第1曲: シンフォニア
  • 第2曲: すべてのもの、息あるものよ(合唱、ソプラノ独唱)
  • 第3曲: レチタティーヴォ:語りなさい、救われたひとたち(テノール独唱)
  • 第4曲: 語りなさい、救われたひとたち(合唱)
  • 第5曲: 私は主を待ち焦がれました(ソプラノ独唱、合唱)
  • 第6曲: 死の綱がわたしたちを取り巻いた(テノール独唱)
  • 第7曲: 夜は過ぎ去った(合唱)
  • 第8曲: さあ、感謝しましょう(コラール)
  • 第9曲: それゆえ私は歌います(テノール、ソプラノ独唱)
  • 第10曲: あなたたち諸々の民よ(終曲合唱)
楽器編成
Fl:2; Ob:2; Cl:2; Fg:2; Hr:4; Tp:2; Tb:3; Timp; Str; Sop:2; Ten:1; Chor
ノート

交響曲第2番『讃歌』は、1840年6月のグーテンベルク聖書400年記念祭[1]のためにライプツィヒ市からの委嘱を受けて作曲された「交響曲カンタータ」です。メンデルスゾーンは、イタリア、スコットランドなどの交響曲と並んで、数多くの優れた声楽、合唱作品を残しており、この曲でその両者が融合したわけです。

ライプツィヒでの初演時には、この曲は「合唱とオーケストラのための交響曲」と呼ばれましたが、メンデルスゾーンは英国での初演に向けて「交響曲というタイトルは英語では省かなければならない」とも述べました。星野によれば「19世紀前半のドイツでは、交響曲という語は音楽のひとつのジャンルを表す他、自然と宇宙の調和という古来の意味をも失っていなかった」のであり、「器楽と声楽、世俗的なものと宗教的なものを統合した音楽として」これを交響曲と呼んだのだろうということです。改訂にあたって、より劇的な要素が加えられ、新しいジャンルとしての「交響曲カンタータ」という名前が採用されます。

全体は10曲で構成されます。第1曲が器楽交響曲の第1~3楽章に相当するシンフォニア、第2曲以降が声楽を加えたカンタータ部で、作曲者は第6曲が「全体の中心となる」と述べています。冒頭にトロンボーンが特徴的なモットー動機を奏でますが、メンデルスゾーンが「すべての曲は、声楽曲も器楽曲も『すべての息あるものよ、主をほめ讃えなさい』という言葉に作曲されている」と言う通り、この動機によって全曲が統一されています。

各曲の詳細

讃歌を構成する10曲それぞれについて、歌詞の対訳(第2曲以降、試訳)、訳注、音楽上の構成、概要説明と譜例の順で紹介します。

第1曲:シンフォニア

I. Maestoso con moto - Allegro

曲の構成
小節調・拍子曲想標語構成部
1-21変ロ長調 4/4Maestoso con moto (♩=96)序奏(モットー動機)
22-93変ロ長調Allegro (♩=160)提示部第1主題
83-105ヘ長調a tempo提示部第2主題
106-144ヘ長調Animato経過部
145-259ト短調他展開部
260-337変ロ長調再現部
338-375変ロ長調コーダ
376-382変ロ長調Maestoso con moto come Iモットー再現

符点のリズムと跳躍音程が印象的なモットー動機で序奏が開始されます[2]。グレゴリオ聖歌的なややアルカイックな響きを持つ[3]この動機は、四分音符+符点リズムのA、その逆のB、Aと同じリズムのCという3つの《細胞》から成ると考えることができるでしょう[4]。Aは四度の(あるいは二度+三度)上昇、Cは三度上昇して二度下降するという音程関係で特徴付けられます。モットー動機は、そのままの形の他に、これらの細胞を変形したり、リズムあるいは音程の要素だけとしても、この楽章だけでなく各所で姿を表し、全曲を統一しています。

序奏を終えて変ロ長調の和音を勢い良く叩きつけると、モットー動機のリズムを利用した軽快な第1主題が提示部されます。三度、五度、六度と跳躍の幅を広げていって一気に駆け下りる朗らかな旋律線は、曇った和声になったり、上下に揺れ動いたりして姿を変えて行きます。

いったんモットー動機そのものにたどり着き、ハ長調でBの符点リズムを弦と管で交互に強奏した後、木管とVaによる第2主題が変イ長調で現れます。滑らかで表情豊かですが、リズムはモットー動機ABが2倍に引き伸ばされたものになっています。分散和音で順次下降するという音程関係も、重要な要素です。

ヘ長調になって第2主題と第1主題の後半を混合したようなモチーフが歌われ、第1主題を用いた小結尾で提示部を締めくくり、Trbによるモットー動機に導かれる形で展開部に突入します。もっぱら第1主題とモットー動機の労作が行われ、弦の忙しい三連符を経て弦と管がBによる対話で頂点に至ります。これがだんだん静まって一旦テンポが緩むと、第2主題が変ホ長調で現れます。逆順での再現かとも思われますが、これもまた力を失い、第1主題を使った締めくくりで改めて盛り上げたうえで、属七の第5音を増五度にした強烈なドミナントを連打して再現部に至ります。

再現は比較的コンパクトに行われ、コーダの後、モットー動機が冒頭のテンポで回帰します。ちょうどメンデルスゾーンの指揮によって初演されたばかりのシューベルトの大ハ長調交響曲と同じ構造で、この曲から大きな影響を受けていることがわかります。

II. Allegretto un poco agitato

曲の構成
小節調・拍子曲想標語構成部
383-410ト短調/二短調 6/8Allegretto un poco agitato (♩.=80)A
411-453ハ短調/ヘ長調/ト短調A'
454-507ト長調/ニ長調/ハ長調トリオ(コラール)
508-559ト短調A''

Clのカデンツァから、切れ目なくシンフォニアの第2楽章がト短調で始まります。スケルツォというよりはもう少し優美な舞曲でしょうか。発唱部のあと音を保持して三度上から下降する形は、モットー動機が微かに見えるようでもあります。

中間部でト長調に転じ、管楽器にコラール風の主題が現れます。これを受けてすぐ後に弦楽器に奏でられる第1の主題と並べてみると、旋律線は同じ三度の分散和音をなぞっていることがわかります。またコラールの対旋律の形で、モットー動機も聴こえます。

III. Adagio religioso

曲の構成
小節調・拍子曲想標語構成部
560-593ニ長調/イ長調 2/4Adagio religioso (♪=76)A
594-614二短調/イ長調B
615-655二短調/ハ長調/ニ長調B'
656-672ニ長調A'

ニ長調の美しい主題が弦楽合奏で歌われます。I.の第2主題をも思わせますが、モットー動機のリズムも織り込まれています。木管が加わり、木管のみの合奏になり、また弦に戻る間に、色彩も調性も多彩な変化を見せます。この動機は、また姿を変えてカンタータ部でも現れます。

少し進むと弦楽器が符点のリズムが半分に圧縮した和音を刻み始め、木管が断片的な上昇下降の音型で対話して行きます。符点の持続が収まると、今度はモットー動機のCを圧縮した特徴的な動機が繰り返されます(アウフタクトはAの音程関係でもあります)。

弦楽器が細かな音型で忙しく伴奏する上で、この動機と冒頭主題が入れ替わり現れ、最後は静かに消えてゆきます。

第2曲: すべてのもの、息あるものよ

Alles, was Odem hat, lobe den Herrn.すべてのもの、息あるものよ、ほめ讃えなさい、主を。
Halleluja, lobe den Herrn.ハレルヤ、ほめ讃えなさい、主を。
詩篇150:6
Lobt den Herrn mit Saitenspiel,ほめ讃えなさい、主を、弦を奏でて、
lobt ihn mit eurem Liede.ほめ讃えなさい、あの方を、あなたたちの歌で。
詩篇33:2
Und alles Fleisch lobe seinen heiligen Namen.そしてすべての肉あるものはほめ讃えなさい、その聖なる名を。
詩篇145:21
Lobe den Herrn, meine Seele,ほめ讃えなさい、主を、わが魂よ、
und was in mir ist, seinen heiligen Namen.そして私の内にあるものよ、その聖なる名を。
Lobe den Herrn, meine Seele,ほめ讃えなさい、主を、わが魂よ、
und vergiß es nicht, was er dir Gutes getan.そして忘れないように、あの方があなたにもたらした恵みを。
詩篇103:1-2

詩篇150編の最後を締めくくる節から。詩篇150は、モンティベルディからブルックナー、ストラビンスキー、アイブズなど多くの作曲家が題材にして曲を書いている。

  • Odem : m 息
  • loben : ほめる、讃える
  • Halleluja : 日本語訳や英語訳の聖書には出てこないが、これはヘブライ語のhalal(誉める)+Yahh(ヤハウェ)なので、訳せば「主を賛美せよ」。ルター訳ではこれが結びの言葉になっているが、メンデルスゾーンはHallelujaをサンドイッチにしてHerrnで終わらせているので、ここでは逆順にした。

詩篇33の第3節に基づいて。

  • Saitenspiel : n 弦楽器の演奏。Saite f 弦、spielen 演奏する。詩篇では第2節で「十弦の立琴で主を賛美せよ」と歌うのを受けて「(それを)美しく高らかに鳴らせ」。しかし星野が指摘するように、メンデルスゾーンは管弦楽によるシンフォニアから声楽を加えたカンタータに進むつなぎの句としてこれを置いているから、ドイツ語の直訳の「弦楽器の演奏」がちょうど良いか。
  • Lied : n 歌、リート。ルター版の詩篇では「Singet ihm ein neues Lied; machet es gut auf Saitenspielen mit Schalle!」で、歌を歌い弦を奏でるという順序だが、曲の構成にあわせて入れ替えられている。

詩篇103にほぼ忠実。

  • vergessen : 忘れる
  • Gute : n 良いこと、善。ヘブライ語のgmuwl(行い、報い、恩恵)
  • getan : < tun する、行う、もたらす
曲の構成
小節調・拍子曲想標語歌詞(最初)
1-16二短調 4/4Allegro moderato maestoso (♩=100)(序奏)
17-49変ロ長調Alles, was Odem hat, lobe den Herrn
50-138変ロ長調Allegro di molto (♩=132)Lobt den Herrn mit Saitenspiel
139-185変ロ長調Molto più moderato ma con fuoco (♩=104)Lobe den Herrn, meine Seele

シンフォニアIIIの中間部の符点リズムに乗ってモットー動機が管楽器に順次登場し、次第に盛り上がったところで、合唱が「すべてのもの、息あるものよ」を力強く歌い始めます。animatoになって合唱も加えたモットー動機を披露した後、Allegro di moltoで「ほめ讃えなさい、主を、弦を奏でて」のフーガが展開されて行きます。

順次進行で三度上昇して分散和音でまた上昇するこの生気溢れるテーマは、シンフォニアIの第2主題の裏返しになっています。またここで用いられる歌詞「ほめ讃えなさい、主を、弦を奏でて、ほめ讃えなさい、あの方を、あなたたちの歌で」は、これまで管弦楽だけで演奏してきた交響曲に声楽を導入し、新しい音楽を作るという宣言でもあります(ベートーベンの第九がそれまでの管弦楽を否定して歌を導入したのに対し、ここでは《弦に加えて歌を》という形にであることにも注目です)。しばらく進むとト短調で「そしてすべての肉あるものはほめ讃えなさい」のテーマが現れます。

2つのテーマが重なって二重フーガとなり、管弦楽と合唱のまばゆい饗宴が繰り広げられた後、テンポを落としてソプラノ独唱が「ほめ讃えなさい、主を、わが魂よ」を歌い始めます。この伸びやかな主題は、「弦を奏でて」のテーマの反行型となっており、シンフォニアIの第2主題(あるいはIIIの冒頭主題)の前後を入れ替えた形でもあります。また「私の内にあるものよ」の部分には細胞Cが顔を出しています。

独唱と合唱が交互に誉め歌をうたう裏で、伴奏は16分音符をポルタートで柔らかく刻み続けます。輝かしいカンタータの導入楽章は、シンフォニアIIIの後半をも思わせる穏やかな表情で曲を閉じます。

第3曲: レチタティーヴォ:語りなさい、救われたひとたち

Saget es, die ihr erlöst seid durch den Herrn,語りなさい、救われたひとたち、主のおかげで、
die er aus der Not errettet hat,あの方が苦難から解き放ったひとたち、
aus schwerer Trübsal, aus Schmach und Banden,重苦しい苦悩から、屈辱と桎梏から、
die ihr gefangen im Dunkel waret,闇に捕らえられていたひとたち、
alle, die er erlöst hat aus der Not.すべての、あの方が苦難から救ったひとたち。
Saget es! Danket ihm und rühmet seine Güte!語りなさい!感謝しなさいあの方に、そして讃えなさい、その慈愛を!
詩篇107
Er zählet unsre Tränen in der Zeit der Not,あの方は数えます、私たちの涙を、苦難の時に、
er tröstet die Betrübten mit seinem Wort.あの方は慰めてくれます、悲しみを、その言葉で。
詩篇56:8/119:50

詩篇107を自由につないでいる。

  • erlösen : 救う、あがなう。ヘブライ語はga'al
  • erretten : 救い出す、解放する。ルター訳ではここもerlöset(ヘブライ語でもga'al)だが、同じ言葉の反復を避けて言い換えている。
  • schwer : 重い、苦しい、過酷な、陰鬱な。ルター訳の詩篇107には出てこない。
  • Trübsal : f 暗い気分、苦悩、難儀、不幸、鬱屈 < trüben 濁らせる、曇らせる、暗くする。ルター訳の詩篇107には登場しない語。31:10に「mein Leben hat abgenommen vor Trübnis」(わたしのいのちは悲しみによって消えゆき)がある。また動詞betrüben(心を悲しませる)は何度か使われている。cf.イザヤ8:22
  • Schmach : f 屈辱、汚名。5節にihre Seele verschmachtet(その魂は彼らのうちに衰えた)がある。
  • Banden : n 桎梏、束縛、ひも、バンド。14節のsie aus der Finsternis und Dunkel führete und ihre Bande zerriß(暗黒と深いやみから彼らを導き出して、そのかせを壊した)を自由に組み合わせたか。
  • gefangen : 捕らえられた < fangen 捕らえる、つかまえる
  • Dunkel : m 暗がり、闇。10節がDie da sitzen mußten in Finsternis und Dunkel, gefangen im Zwang und Eisen(暗黒と深いやみの中にいる者、苦しみと、くろがねに縛られた者)
  • rühmen : ほめる、讃える、称賛する
  • Güte : f 優良、善良、寛容。中性名詞のGuteより抽象的な意味合いで、個別の善、恵みよりも、そうしたものを生む状態や性質。8節他でdie sollen dem HERRN danken um seine Güte(彼らが主のいつくしみのために、主に感謝するように)が何度か繰り返される。

詩篇56と119を組み合わせた。

  • zählen : 数える
  • Träne : f 涙。涙を数えるという表現は、詩篇だけでなく聖書全体を通しても見つけることができなかったが、詩篇56:8にはZähle meine Flucht, fasse meine Tränen in deinen Sack!(あなたはわたしのさすらいを数えられました。わたしの涙をあなたの皮袋にたくわえてください)とある。
  • trösten : 慰める。ドイツレクイエムの中心主題の一つでもあった。
  • Betrübten : < betrüben 気持ちを滅入らせる、心を悲しませる < trüben 濁らせる。詩篇109:16で「心の痛める者」という意味で使われるが、これは慰めの場面ではない。むしろ詩篇119:50のDas ist mein Trost in meinem Elende; denn dein Wort erquicket mich(わが悩みの時の慰めです;あなたの言葉はわたしを生かすからです)が近いように思われる。
曲の構成
小節調・拍子曲想標語歌詞(最初)
1-11ト短調 4/4RecitativoSaget es, die ihr erlöst seid durch den Herrn
12-82 ト短調 2/2 Allegro moderato (𝅗𝅥=80) Er zählet unsre Tränen in der Zeit der Not

雰囲気が大きく変わって、テノール独唱の憂いに満ちたレチタティーヴォとなります。冒頭「語りなさい」が細胞Bのリズムで四度の下降跳躍で始まりますが、これが徐々に順次進行の下降音形となって行き、「讃えなさい、その慈愛を」ではハ音から四度の階段を下った後、さらに半音下がって半終止します。

Allegro moderatoになって流れる分散和音の伴奏になると、四度音程を順次下降する主題がはっきり姿を現します。「涙を」(Tränen)からの下降は「時」(Zeit)で半音下がっており、レチタティーヴォ部の最後(「讃えなさい、その慈愛を」)と同じ音階です。またTränenが符点リズムとなって、細胞Cが見え隠れしていますが、これは「悲しみを」(Betrübten)のようにアウフタクトから力を込めて跳躍して順次下降する音型となり、頂点では六度の跳躍をもつようになります。

最後に「語りなさい!感謝しなさいあの方に」を四度の下降跳躍でとぎれとぎれに歌い、休みなく第4曲に進みます。

第4曲: 語りなさい、救われたひとたち

Sagt es, die ihr erlöset seid語りなさい、救われたひとたち
von dem Herrn aus aller Trübsal.主によって、すべての苦悩から。
Er zählet unsere Tränen.あの方は数えます、私たちの涙を。
詩篇107/56
曲の構成
小節調・拍子曲想標語歌詞(最初)
1-56 ト短調 4/4 A tempo moderato (𝅗𝅥=66) Sagt es, die ihr erlöset seid

哀いと感謝の歌は合唱に移ります。第3曲と同じ切々とした雰囲気ですが、分散和音の伴奏はシンフォニアIの展開部を思わせる三連符になり、静かな情熱の炎が燃えているようでもあります。旋律線は、主音から五度上昇し、第4曲と同じ四度の順次下降で導音に至ります。

主題はすこしずつ姿を変えながら幅を広げて行き、ついには上のト音から下のト音まで1オクターブを下降します。最後に木管が主題を静かに反復すると、再び休みなく第5曲に進みます。

第5曲: 私は主を待ち焦がれました

Ich harrete des Herrn, und er neigte sich zu mir私は主を待ち焦がれました、そしてあの方は私に耳を傾け
und hörte mein Flehn.そして私の嘆願を聞き入れてくれました。
Wohl dem, der seine Hoffnung setzt auf den Herrn!幸いなるひとよ、その希望を主に託すひと!
Wohl dem, der seine Hoffnung setzt auf ihn!幸いなるひとよ、その希望をあの方に託すひと!
詩篇40:2/5

詩篇40から。

  • harrete : < harren 待ち焦がれる、待ち望む。ルター訳の詩篇には20回以上出現するが、どれも《主あるいは神を待ち焦がれる》という用法。
  • neigte : < neigen 傾ける、下へ向ける
  • hörte : < hören 聞く、傾聴する
  • Flehn : n 嘆願、哀願、祈願。詩篇40:2はIch harrete des HERRN; und er neigete sich zu mir und hörete mein Schreienで、この単語のみ異なる。Schreienは叫び。
  • wohl : よい、さいわいな。Wohl demという表現は、詩篇の冒頭をはじめとして20回ほど出現する。ドイツレクイエムの第4曲に用いられた詩篇84のWohl denen, die...も同様。
  • Hoffnung : f のぞみ、希望。cf:英hope. ヘブライ語のmibtachは、いざという時に頼りにする、信頼するという感じか。
  • setzt : < setzen 置く、賭ける。Wohl dem~HERRNまで、詩篇40:5の前半に完全に一致。
曲の構成
小節調・拍子曲想標語歌詞(最初)
1-109変ホ長調 2/4Andante (♪=100)Ich harrete des Herrn

第2曲から第4曲まで、変ロ長調、ト短調と♭2つが基本になってきましたが、ここで変ホ長調に移って少し気分はリラックスします。ホルンの朗々としたソロも、ゆったりした雰囲気を醸します。ソプラノ独唱のIch harrete des Herrnは、「待ち焦がれる」というよりはむしろ「憧れ」を表現するような旋律。この音型がシンフォニアIIIの木管と似ていることは、弦楽器の伴奏に同じく中間部のリズムがこだましていることと合わせ、その関連を伺わせます(ただし、この曲は「讃歌」作曲以前に作られていたものとも推測されているのですが)。

合唱が「幸いなるひとよ」を反復した後、ソプラノ独唱の二重唱によるカノン風の掛け合いとなります。後半は独唱と合唱が時に重なり、時に役割を分けあって、「幸いなる」気持ちを歌い上げます。

第6曲: 死の綱がわたしたちを取り巻いた

Stricke des Todes hatten uns umfangen,死の綱が私たちを取り巻いた、
und Angst der Hölle hatte uns getroffen,そして地獄の不安が私たちを捕えた、
wir wandelten in Finsternis.私たちはさまよった、暗闇の中を。
詩篇116:3
Er aber spricht: Wache auf! der du schläfst,あの方はしかし言う:目覚めよ!眠っている者よ、
stehe auf von den Toten, ich will dich erleuchten.立ち上がれ、死者の中から、私があなたを明るく照らそう。
エフェソス5:14
Wir riefen in der Finsternis:私たちは呼びかけた、暗闇のなかで:
Hüter, ist die Nacht bald hin?見張り人よ、夜はまもなく明けるのでしょうか?
Der Hüter aber sprach:見張り人はしかし言った:
Wenn der Morgen schon kommt, so wird es doch Nacht sein;朝がまさに来るなら、それでもなお夜があるだろう;
wenn ihr schon fraget, so werdet ihr doch wiederkommen und wieder fragen:お前たちがまさに尋ねるなら、それでもまた来てそして再び尋ねるだろう:
Hüter, ist die Nacht bald hin?見張り人よ、夜はまもなく明けるのでしょうか?
イザヤ21:11-12

詩篇116に基づく。

  • Strick : m 縄、綱 < stricken 編む、巻きつける
  • umfangen : 抱く、含む
  • Angst : f 不安、恐れ
  • getroffen : < treffen 出会う、当てる、命中させる
  • wandelten : < wandeln ゆったり歩く、散策する。
  • Finsternis : f 黒闇。ルター訳詩篇では12回用いられるが、wandelnとの組み合わせはない。Wir wandelten in Finsternisというフレーズは、同時代の作家テオドール・フォンターネの『梨の木の下』第16章で、ある碑文に刻まれた句として用いられ、現代の引用句集に出てきたりもする。

エフェソスの第5章。

  • aufwachen : 目覚める、(想い出などが)よみがえる < wachen 起きている、気を付けている
  • schläfst : < schlafen 眠る、眠っている
  • aufstehen : 起き上がる、立ち上がる。von den Totenと続けば、聖書の文脈では、死者の中からの復活。
  • erleuchten : 照らす、明るくする、啓発する。< leuchten 光っている、輝く。エフェソス5:14はwird dich Christus erleuchten「キリストがあなたを照らすだろう」だが、メンデルスゾーンはここをichに置き換え「私があなたを照らすだろう」とした。原文では文頭の「Darum spricht er」は「だから、こう書いてある」という引用の導入句なのだが、この変更の結果Erが《あの方》の意味に読み替えられ、主自らの言葉になった。

イザヤの第21章を少し脚色。この部分は改訂稿での追加。

  • 改訂にあたってメンデルスゾーンは「『夜は過ぎ去った』(第7曲)の合唱への導入に、考えられないほどに美しく、この音楽のために作られたかのようにふさわしい聖書の言葉を私は見つけた」と書いている。
  • riefen : < rufen 呼ぶ、叫ぶ、呼びかける。イザヤ21:11ではセイル山から誰かが私に呼びかけたことになっているが、ここでは前からの流れを受けて、「暗闇のなかで私たちが呼びかけた」ということにしている。
  • Hüter : m 見張り、番人 < hüten 見張る、守る、保護する。イザヤでは預言者を意味しているので、「私に」(見張り人に)呼びかけるとは預言者に問いかけることになる。
  • bald : まもなく、やがて、早く。ルター訳の原文ではschier(ほとんど、すぐに)
  • hin : あちらの方へ、去って
  • schon : もうすでに、きっと、どっちみち。
  • イザヤ21:12の前半は「朝は来るが夜もまた来る」と繰り返しに取る訳(口語訳など)と「いずれ朝は来るがまだ夜だ」とする訳(新共同訳など)がある。ルター訳は次の文と揃えて「Wenn~so~」という構文にしているので、原文と違ってきているが、どちらかといえば前者に近いか。「もし朝がまさに来るのであれば、そのようになお夜があるだろう」
  • 後半は通常「問いたければ問え、また来るがよい」といった訳。ルター訳の場合、werdetを命令法ととれば「尋ねるのならば、またやってきて再び尋ねるがよい」となるが、前半が同じ構文で直説法現在のwirdであるため、ドイツ語だけを見るとwerdetは直説法現在で「尋ねるのならば、しかし再び来て再び尋ねるだろう」。
  • M.ウェーバーが『職業としての学問』の最後で引用したことでも知られるが、ウェーバーの引用文は"Wächter, wie lang noch die Nacht? Der Wächter spricht: Es kommt der Morgen, aber noch ist es Nacht. Wenn ihr fragen wollt, kommt ein ander Mal wieder."となっていて、ルター訳とはかなり異なる(出典はとりあえず不明)。
曲の構成
小節調・拍子曲想標語歌詞(最初)
1-53 ハ短調-変イ長調-ハ短調 3/4 Allegretto un poco agitato (♩=138) Stricke des Todes hatten uns umfangen
54-76ハ長調Er aber spricht
77-88 ハ短調 2/2 Allegro assai agitato (𝅗𝅥=84) Wir riefen in der Finsternis
89-126 ヘ短調-ト短調-ニ短調 A tempo I moderato (𝅗𝅥=72) Der Hüter aber sprach
127-129ニ長調SostenutoDie Nacht ist vergangen

カンタータ部の中心に位置する第6曲は、ハ短調の三拍子で、がらりと趣を変えた厳しい音楽です。半音階的に上昇する序奏を受けて、テノール独唱が「死の綱がわたしたちを取り巻いた」と歌います。神経質で切迫した調べの中に、und Angst derには細胞Cも垣間見ることができます。

テクストがこれまでの詩篇からエフェソス第5章になり、「私があなたを明るく照らそう!」の箇所では変イ長調のカデンツで闇に光が射すかのようですが、再び詩篇の「死の綱が」で厳しい音楽が戻ります。もう一度エフェソスを、今度はハ長調で歌って、ようやく見えかけた希望は、嵐のような2/2拍子のアレグロにかき消されます。

イザヤ第21章から《この音楽のために作られたかのようにふさわしい聖書の言葉》を見出したメンデルスゾーンは、初演稿を改定して第6曲の後半を書き加え、劇的なシーンを《全体の中心》に据えたのでした。ここでテノール独唱が歌う「私たちは呼びかけた、暗闇のなかで」は、モットー動機と同じ音程関係になっています。レチタティーヴォに続けてここから導かれた「朝がまさに来るなら」が始まると、このリズムと音程が増幅されて行きます。

二度上に転調して見張り人=預言者との謎に満ちた問答を繰り返し、「夜はまもなく明けるのでしょうか?」の問いが緊迫した間で遮られると、旋律を長調に転じてソプラノ独唱が「夜は過ぎ去りました」と答えます。

第7曲: 夜は過ぎ去った

Die Nacht ist vergangen, der Tag aber herbei gekommen.夜は過ぎ去り、昼が代わって近づいています。
So laßt uns ablegen die Werke der Finsternis,だから捨て去りましょう、暗闇の行為を、
und anlegen die Waffen des Lichts,そして身につけましょう、光の武器を、
und ergreifen die Waffen des Lichts.そして握りしめましょう、光の武器を。
ローマ13:12

ローマ13:12をほぼそのまま用い、最後に少し語句を付け加えた。

  • この曲は、1836年のオラトリオ『パウルス』第2部の冒頭として作曲された(が採用されなかった)ものに基づいている。
  • vergangen : 過ぎ去った < vergehen 消えていく、衰える。ギリシャ語原文ではprokopto(進む、増える)で、一般には「夜はふけた」と訳されるところだが、ルター訳ではもう夜は過ぎ去ったことになっている。
  • herbei : こちらへ。まだ日が昇ったわけではなく、こちらに向かってやって来る段階。救済の時が近付いている、というわけだ。
  • ablegen : 取り去る、捨てる < legen 置く、据える
  • anlegen : 取り付ける、身につける。ablegenと対になっているが、ギリシャ語原文ではenduo(着る)
  • Waffe : f 武器、兵器
  • ergreifen : つかむ、握る、用いる < greifen つかむ、手に取る。ローマ13にはないが、武具ではなく武器となっているので、言い換えて強調したか。曲の中では非常に重要な位置を与えられ、繰り返し歌われる。
曲の構成
小節調・拍子曲想標語歌詞(最初)
1-32ニ長調 6/8Allegro maestoso e molto vivaceDie Nacht ist vergangen
33-163So laßt uns ablegen die Werke der Finsternis
164-215und ergreifen die Waffen des Lichts

第6曲の闇が晴れ、今度はローマ書のテキストによる“光の凱歌”です[5]。天からの光を表現するためにはやはりニ長調ということでしょうか。金管の斉奏に続けて男声、そして女声合唱が「夜は過ぎ去り」を高らかに歌います。この主題も、第6曲の主題を介してモットー動機につながっています。

「だから捨て去りましょう」のフガートのあと「そして身につけましょう」でいったん和声的な合唱に戻って「光の武器」を何度も繰り返し、新たに「そして握りしめましょう」で手の込んだ技巧的なフーガが始まります。

「捨て去りましょう」の主題が戻ると、今度は「夜は過ぎ去り」の主題もが重ねられた壮麗な二重フーガです。十分に歌いきったところで、改めてDie Nacht ist vergangenを反復し、堂々と曲を閉じます。

第8曲: さあ、感謝しましょう

Nun danket alle Gottさあ、感謝しましょう、皆で神に
mit Herzen, Mund und Händen,心と口と手をもって、
der sich in aller Notその神はあらゆる苦難においても
will gnädig zu uns wenden,恵み深く私たちの方に向いてくれるのです、
der so viel Gutes tut,その神はかくも多くの恵みをもたらします、
von Kindesbeinen an幼少の頃から
uns hielt in seiner Hut,私たちをその保護のもとに置き、
und allen wohlgetan.そしてすべてのものに慈しみを与えてきました。
Lob, Ehr und Preis sei Gott,称賛、誉れ、そして賛美が神にあらんことを、
dem Vater und dem Sohne父に、そして子に
und seinem heilgen Geistそしてその聖なる精霊に
im höchsten Himmelsthrone.いと高き天の玉座において。
Lob dem dreiein'gen Gott,称賛が、三位一体の神に、
der Nacht und Dunkel schiedその神は夜と闇を隔てました
von Licht und Morgenrot,光と曙から、
ihm danket unser Lied.あの方に感謝を、私たちの歌で。
リンカルトによるコラール

マルティン・リンカルトによるコラール。3節のテキストのうち、第1節と第3節を用いているが、例によって一部に変更を加えている。このコラールの第1節のテキストは、シラ書50:22に基づく。

  • gnädig : 恵み深い
  • zuwenden : 向ける、向かう < wenden ひっくり返す、向ける。
  • hielt : < halten 掴んでいる、保っている hold
  • wohlgetan : < wohltun 慰める、元気づける、親切にする
曲の構成
小節調・拍子曲想標語歌詞(最初)
1-15ト長調 4/4Andante con moto (♪=84)Nun danket alle Gott
16-47Un poco più animato (♪=108)Lob, Ehr und Preis sei Gott

第7曲の熱気を冷ますように、静謐なト長調に転じます。ルター派の有名なコラール[6]を、前半はア・カペラで、後半は管弦楽の柔らかな分散和音を伴って歌います。

第9曲: それゆえ私は歌います

Drum sing ich mit meinem Liede ewig dein Lob, du treuer Gott!それゆえ私は歌います、私の歌で永遠に、あなたの称賛を、信実なる神よ!
und danke dir für alles Gute, das du an mir getan.そしてあなたに感謝します、すべての恵みに、あなたが私にもたらしてくれた。
Und wandl' ich in Nacht und tiefem Dunkel,そして私はさまよう、夜と深い闇の中を、
und die Feinde umher stellen mir nach,そして敵があちこちで私を追いかける、
so rufe ich an den Namen des Herrn,そこで私は主の名を呼びかけ、
und er errettet mich nach seiner Güte.そしてあの方は私を救い出すのです、その慈愛によって。
詩篇138?

この曲のテキストは出典がはっきりしない。これまでの流れをおさらいするかのように見覚えのある語句が並ぶので、メンデルスゾーンが各テキストを自由に編纂したとも考えられる。私見では、詩篇138にインスピレーションを得ているという感じもする。

  • drum : < darum それゆえに
  • treuer : < treu 忠実な、誠実な。詩篇ではTreue(誠実)という名詞でしばしば登場する。詩篇138:2はdeinem Namen danken um deine Güte und Treue(あなたの慈愛と信実のゆえにその名に感謝します)で、この曲の重要な概念のうちNamen、Güte、Treue(treuer)が現れる。
  • wandle : < wandeln ゆっくり歩く、逍遥する。138:7はWenn ich mitten in der Angst wandle(わたしが苦難の中を歩いているときにも)
  • tiefem : < tief 深い
  • Feind : m 敵。Feindeは詩篇には何十回も出てくるが、138:7の後半にもden Zorn meiner Feinde(我が敵の怒りを)がある。
  • umher : あちこちに
  • nachstellen : 遅らせる、追いかける、追跡する、待ち伏せる
  • anrufen : 呼びかける。rufe ich an den Namen des Herrn(私は主の名前を呼びかける)は、第6曲で用いられた詩篇116:3の直後、第4節のich rief an den Namen des Herrnとほとんど同じ。138:3の前半はWenn ich dich anrufe(私があなたに呼びかけると)。
  • erretten : 救い出す < retten 救う。この語はerlösenと並んで詩篇に何十回も出てくるが、138にはない。138:7後半のerquickest du mich(あなたは私を元気づける)が近いか。
曲の構成
小節調・拍子曲想標語歌詞(最初)
1-19 ト短調 2/4 Andante sostenuto assai (♪=100) Drum sing ich mit meinem Liede ewig dein Lob
20-67ト短調/ニ短調/ヘ長調/ハ短調/変イ長調Und wandl' ich in der Nacht und tiefem Dunkel
58-99変ロ長調Drum sing ich mit meinem Liede ewig dein Lob

中低弦の室内楽的な伴奏に乗って、テノール独唱が永遠の賛美を歌います。第3曲の後半部と多くの共通点を持つ主題です(ニ音から2段階で順次下降し、上昇してD-F-Esの細胞Cを経てニ音に戻る)が、ト短調のドミナントで始まって変ロ長調のトニカに収まるという、不思議な調性感を持っています。歌詞の通りの単純な讃歌ではなく、神の信実を讃えることで、心の不安を宥めようとしているかのようです。

上昇音は順次進行から広い跳躍に変わって、賛美を何とか神に伝えようとしますが、「そして私はさまよう」で歌がソプラノ独唱に移ると、調もニ短調に転じ、「闇のなかで敵に追われる」という不安な気持ちがはっきりと前面に出てきます。緊張が高まってテノールとソプラノの重唱が「そこで私は主の名を呼びかけ」と叫ぶと、穏やかなヘ長調に解決して「そしてあの方は私を救い出すのです、その慈愛によって」が柔らかく歌われます。

追われ、救いを求める重唱をハ短調で繰り返し、今度は変イ長調に解決しますが、「その慈愛によって」が変ロ短調で宙吊りになったまま。これが変ロ長調のドミナントを経て、冒頭に戻ります。救いを確信した今は、闇をさまよっても敵に追われることはありません。喜びに満ちた重唱を、中低弦とFgの柔らかな和音が締めくくります。

第10曲: あなたたち諸々の民よ

Ihr Völker! bringet her dem Herrn Ehre und Macht!あなたたち諸々の民よ!来たらせなさい、主に誉れと力を!
Ihr Könige! bringet her dem Herrn Ehre und Macht!あなたたち諸々の王よ!来たらせなさい、主に誉れと力を!
Der Himmel bringe her dem Herrn Ehre und Macht!天空よ、来たらせなさい、主に誉れと力を!
Die Erde bringe her dem Herrn Ehre und Macht!大地よ、来たらせなさい、主に誉れと力を!
詩篇96
Alles danke dem Herrn!すべてのものは感謝しなさい、主に!
Danket dem Herrn und rühmt seinen Namen感謝しなさい、主に、そして讃えなさい、その名を
und preiset seine Herrlichkeit!そして賛美しなさい、その光栄を!
歴代誌上16
Alles, was Odem hat, lobe den Herrn,すべてのもの、息あるものよ、ほめ讃えなさい、主を、
Halleluja, lobe den Herrn!ハレルヤ、ほめ讃えなさい、主を!
詩篇150:6

詩篇96から。

  • Völker : < Volk n 民族、国民、人々。詩篇96:7のIhr Völker, bringet her dem HErrn, bringet her dem HErrn Ehre und Macht!に一致するが、同じ形でKönig、Himmel、Erdeに呼びかける文はない。
  • herbringen : もたらす、持ってくる < her(こちらへ)+bringen。この語はヘブライ語のyahab(与える、帰する、必然的に訪れる)の訳で、口語訳、新共同訳では「帰せよ」、文語訳では「あたへよ」。適切な訳がなかなか難しいが、意味としては「主に誉れと力があるように」ということ。
  • Ehre : f 名誉、誉れ、尊敬 < ehren(敬う、賞揚する)。cf.英honour。ヘブライ語のkabowdの訳で、口語訳、新共同訳では「栄光」。
  • Macht : f 力。cf.英might、何かを達成する力。ヘブライ語の`ozの訳。ドイツレクイエムの第6曲ではヨハネ黙示録から「Preis und Ehre und Kraft」を引用していた。
  • König : m 王。呼びかける文はないが、96:10でder Herr König sei(主は王となり)。
  • Himmel : m 天、空、楽園。呼びかける文はないが、96:5でder Herr hat den Himmel gemacht(主は天を創った)。
  • Erde : f 大地、地球。呼びかける文はないが、96:11でund Erde sei fröhlich(そして大地は喜び)。

歴代誌・上から

  • Alles danke dem Herrnという表現そのものは聖書にはない。第2曲の導入部に対応させるために、次のDanket dem Herrnの頭にAllesを書き加えたのだろう。
  • Danket dem Herrnは16:8の冒頭、rühmt seinen Namenは16:10のRühmet seinen heiligen Namen。
  • preiset : < preisen たたえる。賛美する。16:4にsie preiseten, danketen und lobeten den Herrn(主をあがめ、感謝し、ほめたたえさせる)がある。
  • Herrlichkeit : f 栄光、歓喜。16:24にErzählet unter den Heiden seine Herrlichkeit(異教の国においてその栄光を語れ)。ドイツレクエムの第2曲で「人間の光栄はみな草の花のごとし」とあった第一ペテロ書簡1:24はalle Herrlichkeit des Menschen wie des Grases Blumen.
曲の構成
小節調・拍子曲想標語歌詞(最初)
1-54 ト短調 4/4 Allegro non troppo (♩=116) Ihr Völker! bringet her dem Herrn Ehre und Macht!
55-87 変ロ長調 Più vivace (𝅗𝅥=100) Alles danke dem Herrn!
88-186Danket dem Herrn und rühmt seinen Namen
187-196 Maestoso come I (♩=96) Alles, was Odem hat, lobe den Herrn

「主に誉れと力を来たらせなさい」という終曲合唱は、バスが諸々の民に、テナーが諸国王に、アルトが天に、そしてソプラノが大地に呼びかける形でフガートを構成して歌われます。リズムは言うまでもなくモットー動機の細胞です。

讃歌の終曲ならば全面的な神の礼賛と思いきや、この主題は険しい表情のト短調、しかも不安定な転回型で始まります。神を讃えることを忘れた民や王たちへの警鐘でしょうか、それとも神を讃えることとは神を畏れることであると言っているのでしょうか。あるいは民・王が天・地と調和しようとせず、ばらばらではいけないということかも知れません。四声部が「力を」と声を合わせると、希望の光が見えてきます。

続く変ロ長調の「すべてのものは感謝しなさい」は、第2曲の導入部に対応して大見得を切る部分ですが、弦楽器の動きやdanke dem Herrnのリズムからは、むしろ軽やかな印象すら受けます。和声が変イ長調、変ホ長調、ヘ長調と推移して、バスに「感謝しなさい、主に」のフーガ主題が現れます(モットー動機の細胞Cがしっかり含まれています)。

この生気溢れる主題を100小節にわたって展開するフーガは、シンフォニアIIIの特徴的な動機ともつながる副主題で最高潮に達し、圧倒的な高揚感で主の光栄を賛美します。そして「最初と同じマエストーソ」でトロンボーンがモットー動機を奏でると、合唱が「ほめ讃えなさい、主を」と受け取り、全合奏で輝かしく賛美の歌を閉じます。

試訳について

讃歌の歌詞は、聖書の語句に基づいてはいますが、メンデルスゾーンは音楽に合わせてかなり自由に改編しています。この試訳では、ルター訳および各国語訳聖書を参照しつつも、基本的にはドイツ語のテキストを(神学用語に必要以上にとらわれずに)直訳してみました。できるだけ歌に合う語順で訳しているので、倒置表現が多いのは、いつものとおりです。

補足

  1. グーテンベルクによるラテン語聖書(四十二行聖書)の出版は、現在では1455年頃とされていますが、19世紀には1440年の出版と考えられていたということです。

  2. 1996年に発見されたピアノと合唱のための祝典歌(Festgesang、1838年作曲)には、このモットー動機に極めてよく似た主題が用いられています。

  3. 上行音型は詩篇歌唱のイントナチオ(始唱)であり、トロンボーンの先唱に合奏が応答するレスポンソリウム(応唱)に見立てることができます。また、メンデルスゾーンの詩篇42番第1曲のイントナチオは、音程関係がこのモットー動機に一致しています(Toddによる)。

  4. こういった分析は、小さな単位を取り出せば何とでも言えるという面もありますが、スコアを繰り返し読んでみて偶然にとどまらない関連が感じられる要素を説明するために、3つの細胞を考えてみました。違う切り口で言えば、たとえばBCを合わせた音程関係から、ここに“ジュピター動機”が含まれているという分析をすることもできます(これまたToddによる)。

  5. 光は神の栄光であるとともに、“中世の蒙を啓いた”印刷術を表すとも考えられます。メンデルスゾーンが記念祭の委嘱を受けて作曲したもうひとつの祝典歌(Festgesang、通称グーテンベルク・カンタータ、上のものとは別)は、第3楽章に創世記からとった歌を持ち、そこから"Es werde Licht!"(光あれ!)というタイトルで呼ばれました。記念祭を祝う機会音楽に相応しくするため、以前(『パウルス』のために)作曲していた“光の曲”を利用することにし、エフェソス5:14の「明るく照らそう」からつなぐ形でまず作曲したということでしょうか。

    この作品は宗教曲と世俗曲を融合したとも評価されますが、世俗のためのクライマックスが曲の途中置かれたため、焦点が二重化してしまった(第7曲で終わったと思ったらまだ続きがあった…)ような感じもします。

  6. 賛美歌21では11番「感謝にみちて」として知られています。また、たとえばバッハはこのコラールを用いてBWV 79、192、252、386、657を作曲しています。

    メンデルスゾーンの宗教的背景から、宗教作品において旧約的世界(ユダヤ教の信仰)と新約的世界(改宗キリスト教の信仰)とを融和させようとする試みが指摘されたりもしますが、詩篇からイザヤに至る世界をローマ書で受けた上でルター派コラールを置く構成についても、そういった受け止めができるかも知れません。ちなみに前出グーテンベルク・カンタータの第4楽章にも同じコラールが用いられています。

参考文献