パソコンには何ができるか
SOHOのためのパソコン講座 - 1 -

昨年あたりからパーソナルコンピュータの価格が一段と低下し、使いやすい操作環境やインターネットの普及もあって、新規にコンピュータを購入する人が急増している。これまでコンピュータなど無関係と思っていた人や、興味はあるけれど高価すぎると感じていた人が、そろそろ自分もと行動をはじめているようだ。

コンピュータ関連誌の創刊が200点を越えたとか、一般週刊誌もパソコン講座を連載するという状況は、これからコンピュータに挑戦しようという人にとって便利なようにも思われるが、じつは情報が錯綜して逆に混乱を招きかねない。そこで、本シリーズでは、具体的なノウハウもさることながら、コンピュータを個人が使うことにどんな可能性があるかという視点から話を進めることにする。

パソコンの誕生

コンピュータの歴史を振り返る、というといきなり大袈裟になるが、現在のコンピュータは戦後アメリカで開発され、軍事利用、科学技術計算、大企業のデータベースといった路を通って発展を遂げてきた。これらはいずれも中央に「ありがたい」電子計算機が鎮座し、ユーザーはそれを「利用させていただく」という構図を持つ。情報は本部に集中し、機械の操作も特別な技術を持つ人のみに許される、いわば中央集権的な思想と表裏一体のものだったと言える。

1970年代に入って、これとは異なる思想の「パーソナル」コンピュータが、アメリカの西海岸で産声を上げた。ベトナム戦争に反対し、ヒッピー文化に共鳴する若い技術者たちが、自分たちの理想を込めたコンピュータをつくりあげたのだ。これは単にコンピュータが小型化し、個人の机にも置けるようになったというだけのことではない。権力のものであった情報とコンピュータのパワーが、普通の人々に開放されるという大きな構造の変化を意味していた。

現実が理想に近づいてきた

こうして登場したパソコンは、しかし実際にはまだまだ高価であり、操作方法も簡単とは言い難かった。「パーソナル」と言いつつも、それは長い間、先端の人々のための高級な道具に止まっていたのである。それが、最近ようやく、名実ともに誰にでも手が届くものになってきた。パソコンの現実が、誕生の時の理想に近づいてきたのだ。

これは、ビジネスの世界に置き換えてみると、メーカーが商品を開発し、販売店はその戦略にしたがって売っていくというメーカー主導の構図が崩れはじめ、安売りや流通サイドからの商品開発といった「流通革命」が進む展開と対応するものだ。あるいは、もっと大きく見れば、中央官庁の方針に沿って護送船団方式で成功を収めてきた「日本株式会社」が壁にぶつかり、企業や消費者は自らがもっと主体的に行動するのでなければ沈没するしかないという現在の状況とも重なってくるだろう。

パソコンに対して身構える必要などない。けれども「みんなでパソコンを使いましょう」とコンピュータを一括購入し、商業的な「パソコン講座」でベストセラーソフトの使い方を学んで、とりあえずこれで一安心というのでは寂しい感じがする。パソコンはもっと主体的に、能動的に使われることを望んでいるのだ。

ビジネスにおいて大切なのは、メーカーや規制に守ってもらいながら安全パイを拾うのでなく、自らの創意と工夫で新しいものを生み出していくという姿勢ではなかったか。パソコンが、そのための欠かせないツールとして活躍してくれることは間違いない。

パソコンの可能性を探る

前置きが長くなったが、では実際にパソコンを使うとどういうことができるのだろう。よく「コンピュータを買おうと思っているのですが、どんなことに利用すればいいんでしょうか」という質問を受ける。あるいは、パソコンを購入したはいいが、思ったほど活用せずにほこりをかぶっているというケースも少なくないようだ。

最初に述べたように、パソコンの大きな意義はこれまで一部に集中していた力を誰もが使えるようになる所にあるのだが、そう言われたところで、なかなかイメージは湧いてこない。というわけで、これからパソコンの可能性について少し具体的に検討してみる。

パソコンと情報

パソコンには何ができるか。この答えは何通りもあるが、とりあえず「情報を自在に収集・加工し、それによって着想を得たり新しい価値を生み出したりする」ことができるとしておこう。

「情報」というと抽象的だが、知人や顧客の住所録はもちろん情報だし、商品の在庫も情報である。系統立ったものでなくても、日記やアイデアのメモだって立派な情報だ。いや、このような自家製のものに限ることはない。ネットワークの力を使えば、新聞記事からメーカーのニュースリリースまで、膨大な情報が簡単に入手できる時代だ。材料には事欠かないのである。

ただし、情報は漫然と持っているだけでは価値につながらない。住所録を毎年の年賀状書きの時しか開かないのでは、旧交を温める以上のものにはならないだろう。逆に、日記に何気なく書き留めておいたメモを、何年か経って読み返し、思わぬ新しい商売に結びつくということだって考えられる。在庫や販売の情報も、顧客のデータと組み合わせると、購買パターンや個人的な記念日を発見して積極的に働きかけるという能動的なビジネスが生み出せそうだ。

コンピュータは本質的にこのような情報の処理を行うための機械である。何千人の顧客名簿から今月誕生日を迎える人を抜き出すなど朝飯前だし、そのリストに挨拶文を加えてDM用の手紙を印刷するのもわけなくこなす。ランダムに書き散らしたメモから、あるテーマに関連するものを抽出して時系列に並べることも造作ない。人間の手で行おうとすると、膨大な作業と根気が必要になることも、コンピュータならいとも簡単に実現できてしまう。何気なく見過ごしていた情報に新しい価値を与えることが、パソコンというツールを手にすることで可能になったのである。

最初の一歩を踏み出そう

話はずいぶん大きなことになってきたが、なに、心配することはない。最初から立派なアウトプットなど求める必要はないのである。まずは素材を集めることだ。一昔前まで、研究者たちの第一の仕事はせっせと書物の抜き書きをカードに蓄積することだった。山のようなカードを分類整理していくのは大変な労力を要するが、われわれはそんな苦労をしなくとも、目についたものを気楽にインプットして行くだけでよい。情報が一貫性を持つように自分なりの簡単なルールだけを決め、あとは思いつくまま、何でもパソコンに食べさせてしまおう。そこから先は機械が引き受けてくれる。

それでは、具体的に何を用意すればよいのか。どの機種を買い、どんなソフトを揃えればよいのか。結論から言えば、何でも良いのだが、それでは話が先に進まないので、次回はいくつかの具体的なガイドを紹介していくことにする。

(初出:「酒販ニュース」96年4月1日号)