コントラバスのハーモニクス

コントラバスは倍音が豊かでハーモニクスが良く響くので、近現代の曲ではしばしば効果的に用いられます。しかし、普段あまり見慣れない音符であるため、混乱してしまうことも少なくありません。ここで、記譜と実音の関係を整理しておきましょう。

ハーモニクスの基本

弦楽器のハーモニクス(harmonics、またはフラジオレット flageolet)は、弦の一点に軽く触れて弾くことで、基音(弦の長さ分の振動)を抑えて倍音のみを響かせる奏法です。倍音の振動の節となるポイント、すなわち弦長の1/2、1/3、1/4…の位置に触れて演奏します。高い音が出せるだけでなく、指を触れたところが振動の腹となる倍音の響きが抑制されるため、透明感のある特殊な響きが得られます。

バイオリンなどでは、あらかじめ1の指で弦を押さえてから別の指で節点に触れる人工ハーモニクスも用いられますが、コントラバスでは(普通は)開放弦を使った自然ハーモニクスのみが使われます。

ハーモニクスの記譜

ハーモニクスを用いる音は、音符の上にを付けるか、記号によって表します。で示される場合は、記号がつけられた音符が実際に鳴る音です(コントラバスの場合は通常の音符と同じく記譜の1オクターブ下)。の場合は、記号の付いた音の位置に指を触れて発音します。記号と音符が併記される時は、音符の音を押さえて記号の位置に指を触れる人工ハーモニクスを表しますが、コントラバスの場合は、通常は音符がハーモニクスを鳴らす弦を表します。

〔記譜例:いずれもヘ音記号で、(1)中央のEの上に○、(2)sul Aとして中央のEの位置に◇、(3)下のAの位置に音符、Eの位置に◇、(4)3に加えて上2加線のEの音符と○、(5)上2加線のEの音符と○のみ〕

上の例の場合、(1)は実際に記譜上のEの音が響くよう、E線の真ん中(開放弦の1オクターブ上)に指を触れて弾きます。(2)は、A線で記号のあるE音の位置に指を触れて、記号の1オクターブ上(A線開放弦の1オクターブ半上)のEを響かせます。(3)はこれがA線上のハーモニクスであることを音符で示す記譜法です。

(2)のハーモニクスは、(4)のように実際に出る音も合わせて記譜されることがあります。この場合は、混乱しないように基音は小さめの音符で書かれることが多いようです。(5)(1)と同様に実際に鳴る音だけを書く記譜法で、(2)(5)はいずれも同じ音が響きます。

(2)(4)は指で触れる位置が楽譜に示されていますが((1)は触れる位置と鳴る音が同じ)、(5)は必要とされる音が書かれているだけなので、ポジションを考えなければなりません。また、(2)(3)は楽譜に記されている音と実際に鳴る音が異なるので、混乱しないように注意が必要です。

〔補足〕

ベルリオーズの『管弦楽法』(ISBN:4-276-10682-6)では、(バイオリンの)ハーモニクスの記譜法について次のように述べられています。

…ハーモニクスによる和音を書くときは、異なる形や大きさの音符を用いて、指で弦に触れる音符と実際に響く音符を明白に示すよう、2つの音符を上下に重ねて書くべきである。これは開放弦で演奏されるハーモニクスの場合に適用される。弦を押さえるタイプのハーモニクスでは、指で弦を押さえる音符と弦に触れる音符、そして実際に響く音符を明示する、ひとつの音に対して3つの音符を記すことになる。このように厳密に記譜しなければ、演奏は混乱し、作曲家ですら自分の意図をほとんど理解できない状態となるだろう。

ベルリオーズは(4)のスタイルを推奨しているわけですが、同じ書物にリヒャルト・シュトラウスが加えた補注は、(1)(および(5))の立場を取っています。

これは今日ではもはや必要ない。現代のヴァイオリン奏者には、実際の音高を示す音符の上にを記し、フラジオレット(ハーモニクス)であることを示すだけで十分である。以前の記し方では、スコアの判読を困難にするだけである。

コントラバスの楽譜に登場するハーモニクス

理屈の上では、いくらでも高い倍音を出すことができるはずですが、実際にオーケストラで使われるのは第5〜6倍音のハーモニクスまででしょう。以下、譜例の左側にによる節点記法、右側にによる実音記法を示します。

第2倍音のハーモニクス

弦長の1/2の位置に指を触れて弾くと、開放弦の1オクターブ上のハーモニクスが響きます。普通は右の記号で実際の音が記譜され、左ような記号はあまり見かけません。

〔記譜例:G-D-A-E各線の開放弦の音符とその1オクターブ上に◇、実音記譜ならオクターブ上の音符に○〕

(実際に鳴る音は、通常のコントラバスの楽譜と同様、記譜上の音=右側の譜例=の1オクターブ下です。以下、同様)

第3倍音のハーモニクス

弦長の1/3の位置に指を触れて弾くと、開放弦の1オクターブ半上のハーモニクスが響きます。G-D-A-E各線でそれぞれD、A、E、Hの位置が節点となり、その1オクターブ上の音が出ます。

〔記譜例:G-D-A-E各線の開放弦の音符とその五度上に◇、実音記譜なら1オクターブ半上の音符に○〕

右側の形で記号を用いて記譜されることもありますが、このときD、A、Eの音は、この第3倍音でも、一つ低い弦の第4倍音でも、どちらでも出すことが可能です。また、ハイポジションで右の記譜の音符を節点として触れても、同じハーモニクスが得られます。

第4倍音のハーモニクス

弦長の1/4の位置に指を触れて弾くと、開放弦の2オクターブ上のハーモニクスが響きます。G-D-A-E各線でそれぞれC、G、D、Aの位置が節点となります。一つ高い弦の第3倍音と同じ音が出るので、調弦にも利用されます。

〔記譜例:G-D-A-E各線の開放弦の音符とその四度上に◇、実音記譜なら2オクターブ上の音符に○〕

ハイポジションで右の記譜の音符を節点として触れても、同じハーモニクスが得られます。

第5倍音のハーモニクス

弦長の1/5の位置に指を触れて弾くと、開放弦の2オクターブと長三度上のハーモニクスが響きます。G-D-A-E各線でそれぞれ(1)H、Fis、Cis、Gisの位置が節点となります。それぞれの弦の(2)E、H、Fis、Cisを節点として使っても同じハーモニクスを得られます。右の記譜のハイポジションの位置でも可能です。

〔記譜例:G-D-A-E各線の開放弦の音符とその長三度上に◇、もしくは六度上に◇。実音記譜なら2オクターブと長三度上の音符に○〕

基音(開放弦)の音符を付記しないときは、普通は"sul D"など弦の指示が加わえられますが、曖昧さが無ければ記号だけが書かれることもあります。

第5倍音は旋律的音階や平均律の音よりもやや低くなります。スケールを弾く時よりも低めの位置に指を触れないと、うまくハーモニクスが出せないかも知れません。

第6倍音のハーモニクス

弦長の1/6の位置に指を触れて弾くと、開放弦の2オクターブ半上のハーモニクスが響きます。G-D-A-E各線でそれぞれB、F、C、Gの位置が節点となります。

〔記譜例:G-D-A-E各線の開放弦の音符とその短三度上に◇、実音記譜なら2オクターブ半上の音符に○〕

第6倍音は、第5倍音とは逆に、旋律的音階や平均律の音よりもやや高くなります。右の記譜の位置でも同じハーモニクスを得られますが、ほとんど指板の端で、かなりアクロバティックです。

第7倍音以上 ― ハイポジション

オーケストラ曲ではまずあり得ませんが、教則本ではハイポジションを使った第7倍音以上の練習もあり、ソロの曲などでは使われることもあるでしょう。G-D-A-E各線のハイポジションのハーモニクスを、第4倍音から順に記します。各小節の4番目の音が第7倍音です。

〔記譜例:G-D-A-E各線の第4倍音以上のハイポジションを○記法で〕

ただし第7倍音以上になると、指板の端を越えて駒に近づいていき、曲芸のようになります。ハイポジションでは、親指第3ポジションあたりまでで人工ハーモニクスを使うこともあります(少なくとも教則本では)。

ハーモニクスの利用

G-D-A-E各線の第6倍音まで使うと、ハーモニクスだけでもかなりいろいろな音を出すことができます。

〔譜例:コントラバスが鳴らすことができるハーモニクスを音階順に並べたものと、各弦でのハーモニクス記譜の対応関係。ト音記号で下3加線のEから上2加線のDまでの約3オクターブの範囲で、17の音が出せる。〕

これを見ると、ハーモニクスだけで12音のうちC、Dis(Es)、F、B以外の8音をカバーできています(第7倍音も使うと、C、Fもカバーできる)。特に、D、A、Eについては、開放弦を含めると3オクターブに渡る音が出せるので、使ってみたくなることでしょう。たとえばラヴェルは、「クープランの墓」でこんなことをやらせています。

〔譜例:G線のE、D線のG、D線のオクターブ上のD、G線の開放弦を組み合わせたアルペジオ〕

これは、実際には次のような広い跳躍のト長調のアルペジオになります。

〔譜例:上1加線のH、第4線のD、第1線下のD、下2加線のGと跳躍している〕

他の楽器とのブレンド

コントラバスのハーモニクスは、高弦楽器の通常の音域に重なるので、通常のように和音のバスを支えるのではなく、他の楽器の(和)音に紛れ込んでしまって面白い響きを生み出します。

〔譜例:Harp、Va、Vc、Cbによるppの合奏部分〕

同じ「クープランの墓」で、ラヴェルはppで第5倍音を弾くコントラバスに、ppのピチカートのチェロ、ppのビオラ、ハーモニクス指定のハープを重ねています。ここでコントラバスのハーモニクスは記譜の1オクターブ半上のFisですが、実音は1オクターブ下なので、結局ビオラ、チェロと同じ音になります。またハープのハーモニクスは記譜より1オクターブ上の音が響くので、異名同音でこれも同じ音です。つまり、4つの楽器にそれぞれ異なる奏法で同じ音を弾かせて、精妙なブレンドを作っているわけです。

(実際の楽譜では、sur Réの指定はこの箇所よりもかなり前でなされているため、うっかりG線の第5倍音を弾いたりすると、Hが響いて違うものになってしまいます)

無理な相談

ときたま、どうやっても弾けそうにないハーモニクスの指定にお目にかかることがあります。

〔譜例:「火の鳥」ではEを押さえながらGisの人工ハーモニクスを出す指定がある。「クープランの墓」ではEsのハーモニクスが記譜されている。〕

「火の鳥」全曲版では、上譜例の左(1)のような箇所が出てきますが、これは人工ハーモニクスを要求するもので、コントラバスで弾くのはちょっと無理です。どうしたものか頭を悩ませていたところ、ショット版の新しい楽譜では、(2)のように、E線上の第5ハーモニクスに変更されました。ここは、divisiでD線上のFis(第5ハーモニクス)と一緒に弾く部分なので、ストラヴィンスキーは二度で音をぶつけたかったのだと思いますが…

前の例で取り上げた「クープランの墓」は、この直前のト短調の部分でも同じ位置の音符でハーモニクスのアルペジオが指定されています(上譜例右)。しかし、フラットの付いたEsの位置ではハーモニクスを出すことはできず、やはり無理筋です。ト長調と同じEナチュラルとしても、実音がHでは短調になりません。ここは、ト短調の中間部冒頭と同じBのハーモニクス(実音D)のほうが適切であるように思われます。

付録:フラジオレット

フラジオレット(フラジョレット、flageolet[英/仏]、Flageotett[独]、flagioletto[伊])は、もともとは16世紀にヨーロッパで作られたリコーダーのような縦笛で、その音色に弦楽器のハーモニクスの音が似ていることからフラジオレットとも呼ばれるようになったとのこと。

正面に6つの孔と2つのキーがついたフラジオレット

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